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第7章

ライオンと過ごす真夏日①

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夏期講習も今日で終わり。つまらない日が始まる。ふと思いついたのは祖母の家へ行くことだ。カルガモ、元気かな。

ふわふわの雛を思いだし笑みがこぼれる。



「先輩!」
「谷崎くん、今帰り?一緒に帰ろう。お茶あげる。走ったんだね。汗びっしょり」



ポケットからミントブルーのハンカチを取り出し、秋彦は背伸びをして谷崎の額の汗をトントンと拭いていく。

まるで子供の世話をやく親だなと、
谷崎は笑みをこぼす。


「はい。水分」


秋彦はマイボトルを取り出し、谷崎に差し出す。


「紅茶美味しい。染みます」
「良かった」


秋彦は谷崎といると、顔がほころんでいくのが解る。ゆっくりとした足取りで歩く。


「ごめんね。歩くの遅くて」
「その分、先輩と沢山話せますから。気にもなりません。それより先輩が暑さでうだらないか心配です。久しぶりに、大将の店行きませんか?」

秋彦は眼を丸くする。

「え?今から?開いてるの?」
「ランチタイムです。冷やしラーメンめっちゃうまいんです」
「ラーメンなのに冷たいの?」
「大将の田舎であるらしいんです。何か食べた時、既成概念がぶっ壊れる感じがしました」


炎天下の中、歩く。道には、陽炎。

「冷たくて美味しい!でも、不思議ですね!フーって吹いちゃいます。楽しい!」

初めて食べる冷やしラーメンがあまりに美味しくて、秋彦は夢中になって食べた。




『美味しいです!』と繰り返し、屈託なく笑う秋彦を見るのが、谷崎は久しぶりな気がして嬉しかった。

この笑顔を守りたい。壊した責任を、祥介はとった。掴めそうな、いや、掴んだ幸せを自ら手放した。

じゃなきゃ登下校が秋彦独りじゃないはずだ。




「良かった。最近、何処かやるせねぇような、つらそうな顔してたからさ。
心配してた。アキちゃんの笑った顔は皆をしあわせにするよ。沢山食って、沢山笑いな」

そう言われ、照れ臭そうに秋彦は笑う。谷崎はこの笑顔を取り戻させたかった。
帰り道、秋彦は谷崎に、

「何だか、いいリセットになったよ。大将さんの顔見るとホッとする。
大将さんの作る料理は優しい。
僕はずっとピリピリしてた。素直に笑えなくなってた。ありがとう、谷崎くん。
傍に居てくれて。僕を甘やかさないで見守ってくれて」



優しい笑い。いつもの秋彦に戻ってくれたようだと、ここ一連のストレスが軽減したかとホッとし、谷崎の顔が綻ぶ。






「入道雲でてますね。一雨くるかな」
「降られたら、泊まっていきなよ。独りで雨の音を聴くの、ちょっと怖いんだ。だめ、かな?」

確かに、あの広い家に独り打ちつける雨音を聴くのは不安だろう。

困ったように大きな黒目で見つめる仔ウサギ。ライオンは、何も言えない。
ふっと笑って谷崎は言った。







「雨が降らなくても泊まっていいですか?一緒に夕飯作りましょ。でも気になるんすけど」

首をかしげ、何?と秋彦は不思議そうな顔をした。

「葉山先輩と一緒に、住んでるんじゃなかったんですか?」

秋彦は寂しそうに言った。

「ふられちゃった。好きだったけどね。もう家には祥介の荷物は一つもないよ…あの階段が最後。僕が祥介が隣にいないと階段を昇れないと解っていて、

祥介は独りで階段を昇った。名前を呼んでも…振り返ってもくれなかった。
あの時、階段を無理をしてでも昇っていれば、今が違ったかな。祥介は隣にいてくれたかな」



─────────────続
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