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第6章

オオカミの影

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丁度、祥介が暗い面持ちで出てくるところだった。 「祥介!」 呼びかけても祥介は、振り向かなかった。

もう一度、怖々呼びかける。

祥介は無言で階段をトントンと何の躊躇いもなく昇っていく。


秋彦が階段を上れないことを知っていながら、祥介は階段を昇っていく。

 この距離は、何の距離?



もう、祥介にとって自分はいらないの?
今までは、なかったこと?
秋彦は手を爪が食い込むほど握りしめた。 





暫くして生徒指導室から生徒指導の先生が出てきた。

谷崎は、 「ヒゲじい!」 と言い生徒指導の先生に駆け寄った。 


「谷崎、いい加減『ヒゲじい』はやめろ」 


「スミマセン。つい。あ、先輩、こちら日景先生」 


「僕は二年の支倉秋彦です…さっきの生徒、葉山くん、どうしたんですか?
加野さんとの噂がありますが」 

噂なんてない。秋彦は祥介のこの前の話と秀島先生の難しい顔からカマをかけた。 


「ああ。もう噂になっているのか。葉山が加野に無理やり関係を迫ったらしい。
二週間の停学だ。加野も、大ごとにはしたくないみたいだし。
加野も可哀想だったな。あんなに泣いて」


 「可哀想、あれが?」


 秋彦の顔が昔の哀しみや、悔しさ、怒りや憎しみ、嘲りを背負っていた頃の瞳に変わる。

やっと朗らかに笑えるようになったのに。秋彦は吹き出すように、笑った。

 軽蔑の笑い。侮蔑の笑い。加野にも、日景先生にも。谷崎は哀しくなる。やっとここまで来たのに。この笑いは秋彦の心の傷。



 「先生、上手くしてやられましたね。あの嘘つきの化けの皮一つ剥げないなんて」 

軽く笑って、つい漏らした一言が、日景先生の耳に止まる。 

「加野は、成績は悪いが良い生徒だと思うが?支倉、確かにお前は、ずば抜けて頭がいいと聞いている。
だが、被害に遭った加野が気の毒だと思うような思いやりの気持ちはないのか?」

 秋彦を咎めるような秀島先生の言葉は、秋彦は煮えたぎるような怒りに油を注ぐ。

けれど、秋彦は笑えてきて仕方なかった。 しおらしい女子の態度にこのタイプの男は弱い。確かにあまりにも不条理な暴力で傷つく女性が沢山いることを秋彦は解っているが、加野じゃない。何故だろう、だめだと思いつつ笑ってしまう。 


「思いやりの気持ちは誰よりもあるつもりですよ。ただ、加野さんにその感情が微塵もわかないだけです。…丁度良かった。
谷崎くん、あれ見せてあげよう?」 

谷崎は、張りついた能面のような秋彦の綺麗な笑顔が怖い。冷たい、怒り。 

「いいんですか?」 

「見るべきひとに見て貰わないと」 

にっこりと秋彦は笑った。禍々しいほど秋彦の笑顔は美しかった。満開の夜桜のようだった。


 「先生。お時間頂けますか?」

 「あ、ああ」 


秀島先生も有無を言わさぬ笑顔に気圧され、生徒指導室のドアを開けた。

…………………………………………………………続
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