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第4章

仔兎のこころの中②

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秋彦は、そう呟いた。保健室のラベンダーのアロマが香る。痛みも眠ってしまえばいいのに。

秋彦はぼんやりとそう思った。 

「秋彦の荷物ならいくらでも背負うよ。それに、お前が好きだから、お前の影を見ながら加野を抱いた。

加野にもお前にも悪いが、あのとき俺はお前を抱いてた。俺にはお前しかいないんだ。

お前は俺に『逃げるな』って言ってしがみついて、いざ俺が近づけば、繋いだ手をほどこうとする。逃げてるのはお前じゃないか。

どうして、信じてくれない?どうして、こんなに好きなのに、どうして解ってくれない?」





 祥介は秋彦に覆い被さり、噛みつくようなキスをする。
乱暴だけど、何処か臆病なキスを重ねた。秋彦は突然の祥介の行為に驚いて身動きがとれなかった。首筋に舌を這わされる。

ゾクリと肌が粟立った。
ただ怖い。あの事を思い出させる何かに通じる。恐怖がそうさせるのかは解らない。

全力で抗った。祥介じゃないひとみたいだ、そう、秋彦は思う。両手で祥介の胸を叩いた。びくともしない祥介の厚みのある胸板が怖くなる。 

「やめて…嫌だよ、祥介、やめてよ!」 

怯えながら祥介を見つめると、祥介は今にも泣きそうな顔をしていた。

 「秋彦が好きだと証明する方法が、他にあるのか?。
いくら言葉で言っても、
キスしても、
抱きしめても、ダメなら、俺は、どうすればいい…?教えてくれ…秋彦。
俺の気持ちを、疑わないでくれ」


 祥介は秋彦の胸に顔を埋めた。
祥介を抱きしめる。

さらさらの髪の毛。シャンプーの香り。秋彦と同じメーカーだ。昔のことが甦る。一緒に住んでいた時間。幸せだった。

「ごめん」 
「謝るな。悪かった。もうこんなことしないよ」 

怖がらせて悪かった。悲しい祥介の顔を見つめる秋彦の心の中で声がした。 

『嘘をつくな』 『本当に嫌だったのか』

祥介が身体を離し軽くなる。体にかかっていた重みが消えてしまうのが寂しい。

 「祥介、待って…暫く待って。
そ…その、こういうことをして欲しくないわけじゃないんだ。
祥介、お願い。
僕が怖くなくなるまで、待って。
ごめん、でも…お願い。
触れて欲しくないわけじゃないんだ
…今は、突然で、怖くて…ごめん」

小さく秋彦は『自分勝手でごめん』と付け加えた。震えがまだおさまらない声でベッドの中、布団を頭から被り、
一生懸命言葉を繋いだ。
 他人に自分の本当の気持ちを恥も外聞も捨てて言葉にしたのは、秋彦には初めての経験だった。



────────続 
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