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第4章

兎の望むこと②

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「教室に少しだけ一緒に来い。秋彦。まだ渡してないプリントがある。
それに、今のお前ならスケープゴートにはならない。『攻撃対象』や『弱者』というより『気遣い』の対象になる。少し話を聞いてくれ」


 階段の前に立つ。
脈は上がり始める。 
「手を」 一言祥介はそう言った。
片手を、繋ぐ。祥介の繊細な指、さらりとした感触。昔から知っている手に安心する。
階段は少し胸は苦しいが前ほどではない。
秋彦は、ほっとした。
でも、廊下を歩き教室が近づくと脈と胸苦しさはどんどん強くなる。

「祥介、苦しいよ。無理…苦しい、胸が痛い」 「着いた。ドアを開けてみろ」



 ガラリと教室のドアを開ける。
音と共にクラスの視線が一斉に秋彦に注がれる。


 「誰?転校生?超イケメンじゃん」


 「めっちゃ可愛い。足怪我してる?二階大変だね」 

「ちょっと祥介くんに似てるね」


 自分の席に近づく。歩きづらそうにしていると男子生徒が机を引いてくれた。


 「あ、ありがとう」


 そう秋彦がぎこちなくだが微笑むと、 
「お、おう」 と言い顔を赤らめ、俯いた。

自分の席に着き、数枚のプリントを取る。 



「祥介、プリントってこの現国のだけ?」 
「ああ。それで全部」

 クラスがざわつく。色んな言葉がざわめきと共に飛び交う。 「あ」 ハラリとプリントが一枚落ちた。落ちたプリントを女生徒が踏んだ。

加野だった。


 「みんな、こいつキモ彦だよ。ただ髪切っただけじゃん!騙されてるよ!」 

「えー全然キモくないじゃん。超可愛いー」

 「加野、足、どけてやれよ。困ってんじゃん」 



小さく、祥介の指示通り秋彦は言った。
これでクラスの加野と秋彦の位置関係は、逆転するということだった。 

「加野さん。僕の足、治らないって。責任とってもらうから」

 「な、キモ彦のくせに、生意気言わないでよ!」

加野に足を蹴られ、倒れ込んだところを祥介が支えて抱き起こした。

 「俺の従兄弟にこれ以上怪我させんなよ。肋骨と足の骨折らせるって、大人しい顔してよくやるな」 

クラスが一気にざわめきを増した。

「うわ、マジかよ」 
「絵理子やり過ぎ」 
「足怪我してる奴の足蹴るってナシだろ。加野の見方変わるな」
「支倉くん、モデル以上だね。やだ、本当可愛い。クラスどうしてこなくなっちゃったんだろ」
「放課後とか絵理子のグループに散々やられてたの見たよ。あれじゃ、クラス来れないよ」


 祥介に付き添われて保健室へ帰る。
やはり廊下と階段は苦しいと秋彦は言った。


「保健の先生は?」
「出張中だよ。祥介、怖かったよ。皆、ちらちらこっち見てた」 
「羨望、興味、好意の眼差しだ。今の秋彦なら、ある意味、女より男に気を付けて欲しい。簡単に言えば秋彦は中性的なんだよ。
男にも好かれそうだ。
通りすがりなら堂々としていていい。
ところで全く関係ないけど、
秋彦の格好いいの基準が知りたい」

秋彦は少し考えてから恥ずかしそうに言った。 



「ラグビーの選手とか、かなあ。憧れるよ。僕も強くなりたかったから」

 そうか、ラグビー…。そう祥介は小さく言った。熊の最大種グリズリーと、兎だ………。



──────────続 
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