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第2章

あの事件と消えない疑惑と秋彦の傷②

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 「先輩、今日図書室来れそう?ちょっと厳しそうなら裏門の近くの山梔子の花のところで待ってて下さい。
先輩、好きでしょ?香りのする花。
浜崎に頼んで図書委員の曜日交換してもらうんで」

 「ごめん。ちょっと調子悪いかな。人が多いのは無理っぽい。お願い」

 学校の裏門の山梔子の花が満開だ。
梅雨はまだ明けてない。
湿った空気にこの花の甘い匂いは合う。酔いそうなくらいだ。

 「秋彦?秋彦!学校来てたのか。ずっと何処にいたんだ?」 

振り返ると、心配そうな顔をしながら歩み寄る祥介がいた、反射的に秋彦は後ずさる。

 「ずっと、探してたんだ。でも何処を探しても、見つからないし、スマホも繋がらないし。どうしたんだ?」 

見つからない?そのはずだ。隠れるように保健室の隣の保健室倉庫にいた。
倉庫と行っても名ばかりで、
スクールカウンセラーの先生の部屋になっているので綺麗だ。

柔らかなソファーとレースのカーテンの磨り硝子の窓。
ローテーブルとアロマ効果があるミスト。スクールカウンセラーの先生が生けた花。今、秋彦を守る砦。

全面的に保健の先生と、スクールカウンセラーの先生が協力してくれた。


『谷崎くん以外、通さないで下さい』


と言づてをした。あの日、怪我の手当てをしてくれたのは保健の先生だった。

『担任の先生には?』

と訊かれたが首を振り『落ち着いたら』と濁した。
学校という組織が争い事を嫌うことくらい長年の経験で秋彦は、よく知っている。 少し前、学校のスクールカウンセラーの先生にすすめられて、
怖かったけど谷崎くんに付き添ってもらい街のメンタルクリニックに行った。
綺麗で清潔な所で、
ラベンダーのアロマの匂いがした。
緑が沢山あって落ち着いた。

担当の先生も穏やかで親切だった。不安障害と抑うつ状態と言われた。
メンタルクリニックの先生に書いてもらった診断書を学校に提出し、
職員会議にかけてもらい保健室で各時間割に沿い課題のプリントを提出することで単位になると認めてもらった。

けれど夏期講習には出なければならない。大講堂の隣の会議室だ。 

「こ、来ないで。加野さんに探すように言われたの?僕に近寄らないで!」 

「絵理子がどうかしたのか?」 

名前で呼び合う仲なんだ、そう一瞬切なさが過った自分の馬鹿さ加減に笑いそうになる。二人は付き合っているんだから当たり前のことなのに。

 「僕はもう『過去』なんでしょ。構わないで!祥介の嘘つき!守ってなんか、くれなかったじゃないか!祥介が選んだのは加野さんなんだから。見せつけるようにキスして。加野さん、僕を見て嘲笑ってた!」 

「見せつけるように?あの男子生徒…秋彦…だったのか?それに、あの引っ込み思案な絵理子が?まさか、嘘だろ?」

 恥じらいながら『キスして欲しいの』と見上げる大きな瞳が秋彦に重なって夢中で口づけた。
廊下を通る誰かと目があった。
悲しい瞳をしていたような気がしたが、欲に火がついたそのときの祥介には、邪魔だった。

睨んで追い払い、あの後、絵理子を放課後の教室で抱いた。
クラスは校舎の隅。
もう誰の邪魔はさせない。
違うと解っていても、身体が要求した。
秋彦だ、今、触れているのは秋彦だ、と。

そう思うと欲情し、何回も絵理子を抱かずにはいられなかった。もちろん妊娠のリスクがないようスキンをつけ、身体を離してから吐精する冷静な自分もいた。
こんなこと、秋彦に言えるはずがない。
あの悲しい瞳が今更甦る。

そして今になって、罪の重さが祥介にのしかかる。そして、何の気なしに言った絵理子を庇うように聞こえてしまう言葉に秋彦が、肩を震わせる今、
秋彦を傷つけたことが解った。

弁明しようとした瞬間、一呼吸早く秋彦が口を開いた。
祥介はあの日のキスのことで責められると思っていた。
しかし、秋彦が言ったのは全く違う言葉だった。 

「………僕を疑うんだ。祥介の中には僕はもういないんだね。それとも、あいつらとグルなの?全部知ってて、
加野さんにおねだりされて、僕を連れに来たの?もう、祥介とは会いたくない。
僕を探さないで。うんざりだ!」

祥介は片足を引きずりながらも走り去る秋彦を見つめる。
話が見えない。あいつらとグル?
全部知ってて加野におねだりされた?
何のことだ?
祥介の頭に疑問符があふれた。
何かがあった?──秋彦の片足、足を、ひきずっている!息を切らせて秋彦は傷ついた仔ウサギのように、丁度裏門にいた谷崎に駆け寄る。

「先輩、どうしたんですか?そんな顔して。誰かにまた何かやられたんですか?」 

「ううん。会いたくなかったひとに、会っただけ」
 「あの、例の?葉山とかいう?」

 秋彦は寂しそうに自嘲した。

 「うん。前に話した、好きだったひとだよ…今も…好きなひと。馬鹿みたいだね」 

「会えたのに…何で…」

 俯いて「帰ろう」そう言い歩きながら、秋彦は答えを待つ谷崎に呟くように話す。 

「そのひとに『ずっと好きだった』って気持ちを伝えられたとき、自分の気持ちに気づけなかった。
答えをすぐ、言えなかった。
小さい頃からいつも一緒で、いつも傍にいてくれた。
今思えば初恋だったんだろうね。
初恋が男のひとだなんて気持ち悪いよね…。でも、少し前までは、そのひとが、僕の全てだった。
でも、もう遅いんだ。
今更好きだなんて、言えないよ。
それにもう、僕は『過去のひと』だ」 

「気持ちを伝えるだけでも……」

「前に、放課後、僕に見せつけるように彼女とキスしてた。
僕なんてどうでもいいんだよ。
過去なんて消えちゃえばいいのに。
今更、幸せだった記憶なんていらない。
それに、そのひとの彼女は『あの』加野さんなんだ。
だから、きっと僕を探すのを頼まれたんだよ。じゃなきゃ僕を探す理由がない」

 独り言のように秋彦は続ける。 

「探してすら、もらえないよ。
そのひとにとって、僕は終わったことだからね」

そう言い、秋彦は苦しそうに笑う。秋彦の癖だ。 

「先輩、泣くときは泣く。笑いたいときは笑う。カウンセラーの先生も言ったでしょ。腕も、胸も貸します。そのひとだと思ってもいい。先輩のそんな顔見るよりずっと良い」 

谷崎の甘い言葉に、従う。背の高い谷崎の胸元にしがみつく。爽やかなフレグランス。祥介とは違う匂い。

それでも、温かさが欲しかった。
慰められたかった。知らないとは思いたくても、祥介を疑う自分がいる。
それにしても、自分はなんて狡いんだろうと秋彦は思う。
祥介のことを忘れようとするために谷崎の善意を利用している。
自分は、汚い。卑怯だ。
秋彦は谷崎への罪悪感でいっぱいだった。 そんな秋彦を見透かしたように、谷崎は大きな節張った手で、秋彦の後頭部をきゅっと抱き寄せる。 

「先輩、俺のことはいいんです。もっと頼って下さい」

────────────続
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