金色の回向〖完結〗

華周夏

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金色の回向〖第27話〗

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「あの日のことは村長さんが、関わった副村長さんと父を処理してくれた聾唖者の男衆の方に『妻が激昂し夫を殺して、自分も後を追った』と説明した。でも、村長さんは全部解ってた。単なる妻の怨恨じゃないって。そして私のベージュのスカートが紅く汚れていて、ショーツは、布団の隅に追いやられていたことも。『行為の後だ』って解ったでしょうね。急いで副村長さんや村長さんが来た時、ショーツを履いて、スカートを替えた。けれど、村長さんは見逃さなかった。私を見つめる憐憫の視線。『好きなひとのカテゴリ』に入っていた村長さんへの私の心の奥で添付されたものは『殺意』だった。強迫観念みたいにね。『少し休んでいきなさい』と手を繋いで村長さんの家に行って客間で休ませて貰った。

『秘密が、漏れてしまう』

『人殺しになってしまう』

『とどめをさしたのは私だ』

それしか私の頭にはなかった。村長さんが、私に何かを語りかけようと座る時を見計らって髪を縛っていたリボンで首を絞めて殺そうと思った。でも、私の長い髪を撫でて、村長さんは言ったの」

「今までの虹子ちゃんの人生は、みんな夢。何にもなかった。悪い神様の悪戯でみさせた夢だから。虹子ちゃんは何にも悪くないんだから。あとは私達大人が口を噤めばいい──落ち着いたかい? ココアは好きかな? 缶だけどね。飲んだら行こうか。最後の仕上げだ。見せたくないが見なきゃ駄目だ。ほら、リボンをしまいなさい」

 声を低くして虹子さんは語る。もう、随分前だが出会って暫くして、お墓参りに行きたいのと言う虹子さんについていった。二つ。俺は虹子さんの両親と思っていた。きっとあれは、亡くなった村長さんと、虹子さんのお母さんだった。

──秘密裏に父の死体を焼いても骨で頭蓋骨の外傷性の出血で殺人だと解る。秘密裏にキスゲ原に埋めたという。だから虹子さんがキスゲ原を嫌がっていた理由に合点が行く。村民も、キスゲの花は当たり前すぎて、群生していても珍しがらない。今日のことは、正気を失いかけてた虹子さんと、虹子さんのケアのために村長さんに呼ばれた俺の母親と、聾唖者の男衆三人と、役場の副村長さんと村長さん二人しか知らない。母も虹子さんの家によく泊まりに行ったりしてたので、不審がるひとはいなかったそうだ。虹子さんの母は同じ日火葬された──要約すると虹子さんは、こんな話をしていた。

淡々と虹子さんが語った、『あまり家庭にはめぐまれなかった』理由。本当か嘘かなんか解らない。けれど、こんなに悲しい虹子さんの声を聞いたことがない。

 

 暫くし、話し声はするけれど、上手く聞き取れない。母親の初恋で盛り上がる二人の声が聞こえる。けれど幾年か経ち、虹子さんは俺の父に恋をしたと聞いた。

「『初恋』だったのよ。深山先生が。今でも思い出すの。眼鏡が似合ってた」

 俺の前では決して聞かせることの無い声だった。悔しかった。

「俺の初恋はあなたです。虹子さん」

 ポツリと俺は呟いた。空しいと思えた。

「父さん狡いよ。死んだ人には、勝てないよ………」

 小さく呟いた。下を向いて、頭から夏の暑さに炙られる。虹子さんが深山の父との思い出を語る声は、前に聞いた、悲しい思い出を見るように、父との期限つきだった日々を語った声に少しだけ似ていた。懐かしむけれど、『希望』がない。一緒に『未来』を描けない。そんな、声だった。

 上から目の前の地面にボダッと何かが落ちた。暑さに力尽きそうな小さな蝉だった。『ジジ……』っと苦しそうに震えて訴えている『助けて、助けて』そう泣く虹子さんに、だぶって見えた。可哀想で、そっとつまみ、庭の百日紅の濃い桃色の根本に置いた。

「………どうしてあそこまで惹かれたのか。あのひとはまるで、やさしい花みたいだった。私は蝶になれたかな。深山烏揚羽みたいな、あのひとが自慢気に、嬉しそうに視線を注ぐあの蝶みたいになれたかな。けれど、そんな可愛いものじゃないね。虻ほど弱くないし。きっと蜂ね。五百ミリのビーカーに入った麦茶………美味しかったなあ。本当に、美味しかった。苦笑いする深山先生は、本当にやさしいひとだった。抱きしめられて、キスされた時。死ぬなら今がいいなって思った。幸せの絶頂で死ぬなんて、これ以上ない幸せよ。最高の状態で時を止めるんだもの」
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