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金色の回向〖第10話〗
しおりを挟むパチンパチンと生木が音を立てる。鮎が焼ける間、世間話をした。いつもと変わらないように振る舞うけれど、解らない。今まで虹子さんにどう振る舞っていたかも、どう笑って、どう虹子さんを見つめていたのかも。ただ、陽射しを浴び、白いかたちの良い額に汗する彼女は、綺麗だ。つばの広い帽子が似合うだろうなと思った。
「汗、かいてるよ」
ハンカチを差し出すと虹子さんは、柔らかな声で、
「ありがとう」
と小さく言った。俺は、鮎を焼きながら敢えて虹子さんから目をそらし、話す。怖いからだ。否定の色が、非難の色が大きな瞳に滲んでいたら、と、想像し怖かったからだ。
「甘酒、美味しかったよ。冷たいの初めて。いつも家では、お正月に飲んでた。………今まで、さ、こうして虹子さんに会うまで、ずっと虹子さんのこと考えてた。俺さ、馬鹿だからさ、お土産もさ、よりによって鮎だしさ。気の効いたもの浮かばなくて。………あと、これ」
俺はポケットから、そっと袋を取り出した。少し皺が出来てしまっていて心が痛んだ。中身はブランドのマニキュアだ。
薔薇の模様がキャップについている大きな瓶のマニキュア。クラスメイトの女の子が休み時間に塗っているような、ちまちましたものじゃない、母親が使っているようなブランドのようなものが、虹子さんに似合うと思った。休みの日、自転車で山を降りて街まで行ってきた。親父に頼んで街まで乗せてってもらえば二時間かからないくらいで着くだろうと思うけれど、誰にも頼りたくなかった。何キロ漕いだか解らない。ただ、百貨店へ向かった朝の澄んだ空気の山のはずの村は、家へ帰る頃は残照が山を覆っていた。ラッピングは百貨店の高そうな化粧品の匂いがするお姉さんにお願いした。わざわざ、マニキュア一つを綺麗に梱包してくれた。ずっと場違いな場所で背伸びをしている自分が恥ずかしくて下を向いていた。
「お土産………プレゼントなんだ。初めて、誰かに、悩んで………選んだんだ。貰って、くれる?」
「ありがとう。開けていい?」
綺麗なリボンがほどかれる。けれど、胸の辺りの窮屈さは増していく。気に入って貰えなかったらどうしようと、不安になる。
「何だろう………あ、マニキュア。誰かにマニキュア貰うのなんて初めて。いい色。素敵ね。マニキュアがプレゼントなんて、ちょっと色っぽいね」
「え?」
虹子さんは笑っただけで何も言わなかった。
「あ、鮎焼けてるね。食べよう?」
美味しかったけれど、会話は途切れる。『美味しいね』と『ありがとう』で終わってしまった。俺は何をしに来たんだろう。たくさんの気持ちを込めてプレゼントを買った。鮎も取った。謝罪の気持ちもあわせて、話のきっかけになればと思っていたけれど、伝えたかった気持ちも伝えられていない。まず、話すらまともにしていない。
全て伝えて虹子さんが『もう来ないで』というなら、恋の終わり。自業自得だ。暫く鮎は食べられない。そして、銀色のアンクレットをしている女性を、暫く目で追い続けてしまうのだろうなと思った。ベッドでの銀色のアンクレットは、白いシーツに光を落としたように映えて、少しだけ気怠い大人の光だと思った。
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