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〖第60話〗
しおりを挟む『私はきっと君を好きになる気がする』
あなたはそう言ったね。俺は、
『俺はずっとあなたを忘れられない気がする』
そう今あなたに言いたい。心にできた深い傷は痛くて仕方がないはずなのに、その傷すらいとしい。後ろから抱かれた背中も、温かかった。
まだ青白い、早朝の空気の中、眠る覚さんを見つめる。最後だと思うと、ずっと眺めていたくなる。ベッドから猫のように抜け出して、階段を降りる。ダイニングテーブルに手紙を置いた。
『あなたに出会えて幸せでした』
と、そんな内容を書いた。何か思い出が欲しくて、病室で覚さんが描いたスケッチブックを鞄に詰めた。悲しい蝶の俺は花を抱きしめていた。今、俺は自分から花を手放す。本当の持ち主に返すために。
玄関を出ると、もう木々は紅葉も終わりつつある。季節は過ぎていく。振り向くと、覚さんの家。
バスに乗る。俺は女々しく後ろを向く。あの家を忘れないため。あのひとを忘れないため。もう、覚さんを起こすのは俺じゃない。父さんが、起こしてくれる。この想いは、恋は、父さんに返さなければ。泣きながら思う。泣いちゃダメだ。だって、俺は確かに幸せだったんだから。
──────────
本家の仕事は街で大きな法律事務所と不動産業をやっている。資格を生かし、仕事をしてお金を貯めて、大学の友人のコネを使って、たくさんに『深山烏揚羽』ついて学びたい。引き継ぎがすんだら、家を出る。何処へ行こう?俺には誰もいない。だから何処へでも行ける。
バス停を降り家へ帰る。家政婦のトメさんが、出迎えてくれた。このひとは俺のベビーシッターだったひとだ。ずっとここにいる。俺を育てたひとだ。俺の性癖についても。
『色々なひとがいますよ。悪口なんて無視です。気にしない、気にしない』
そう言ってくれた。家での味方はこのひとだけだった。母は生まれた俺を抱きもしなかった。手を繋いだこともなかった。熱を出した俺を置いて愛人と旅行に行くような女だ。成長し、歪んだ溺愛をした。早瀬家の女主人になりたかったんだと思う。
「奥さまは部屋でピアノのレッスンを受けていますよ」
そっと覗くとクスクス笑いながらピアノの椅子に座った男に向かい合わせに跨がり母は腰を振っていた。シルクのブラウスがはだけていた。半裸で、ピアノを教わっているらしい。
しかもこのひとはここに俺がいるのを『知っている』知っていながら見せつけて、目が合うと、母は俺を嘲るように笑った。
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