蝶々の繭

カシューナッツ

文字の大きさ
上 下
57 / 64

〖第57話〗

しおりを挟む

「飽きたのよ、きっと。モデルもあなたも」

 そう正美さんに言われたよ。確かにモデルも断る日が増えた。段々と友次と私に溝のようなものができていった。

 正美さんの妊娠が解り、友次がここを離れ、時間が経ち、もう結婚の日取りが一週間に迫り、結婚準備で忙しいはずなのに、離れた町の本家から友次がやってきた。

「まだ、仕上がってない絵があったよね」

 雨の日、午後二時頃。本当は、このアトリエは晴れた日なら明かり取りの窓から光が差す時間だった。影は、私の背にしかできない。本家からバスで来たと言って、ずぶ濡れだった。一番近くのバス停からここは二十分はかかるのに。傘も持たずに。

「俺を描いて。最後に。もうここには来ない」

 私は彼を描いた。仕上げだけだったから、一時間足らずに終わった。

「終わったよ」
 
 私が言うと、

「幸せだったよ。俺は覚さんに会えて、恋人になれて、幸せだったよ」
 
 泣きながら、友次は笑っていた。

「私もだ」
 
 そう言うと、

「あのさ………覚さん、何で、正美を抱いたの?」
 
 私が返答に困っていると、友次は泣きながら捲し立てた。

「全部正美が話してくれたよ。そういえば、こんなことがあったわって。『あなたが好きな覚さんはあなたのことなんてどうでもいいのよ。私をやさしく抱きながら、やっぱり男はつまらないなって。抱くなら女に限るって言ってたわ』って。覚さんは、初めから俺なんかどうでも良かったの?俺の気持ちはどこに捨てればいいの?………もう、終わりだ!あと一週間で式だ!あんたなんか………あんたなんか、この山奥で独りぼっちで死ねばいいんだ!」
 
 泣きわめく友次を抱きしめてやりたかったけど、正美さんが、嘘をついていると言いたかったけれど、きっと信じてはくれない気がした。最後に友次を描いた絵を見せた。

「持っていって欲しい」
 
 そう言ったけれど、

「俺のこと、忘れないで………」
 
 私を抱きしめて、背伸びして口づけて、泣きながらこの家を飛び出した。それからしばらく、すべてがモノクロームの世界になったようだったよ。誰を恨めばいい? 

 正美さんのところへ通うようになった友次?私への捨てきれない気持ちがあると思って友次と私の切れた糸をさらに踏みにじった正美さん?すべては自分の過ちだ。今考えれば、私は彼を愛していたんだね。しばらく風景ばかり描いていた。友次の幻を草花に例えて、絵に描いた………。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

実はこれ実話なんですよ

tomoharu
恋愛
え?こんな話絶対ありえない!作り話でしょと思うような話からあるある話まで幅広い範囲で物語を考えました!ぜひ読んでみてください!1年後には大ヒット間違いなし!! 作品情報【マーライオン】【愛学両道】【やりすぎ智伝説&夢物語】【トモレオ突破椿】など ・【やりすぎ智久伝説&夢物語】とは、その話はさすがに言いすぎでしょと言われているほぼ実話ストーリーです。 小さい頃から今まで主人公である【智久】はどのような体験をしたのかがわかります。ぜひよんでくださいね! ・【トモレオ突破椿】は、公務員試験合格なおかつ様々な問題を解決させる話です。 頭の悪かった人でも公務員になれることを証明させる話でもあるので、ぜひ読んでみてください! 特別記念として実話を元に作った【呪われし◯◯シリーズ】も公開します!

甘過ぎるオフィスで塩過ぎる彼と・・・

希花 紀歩
恋愛
24時間二人きりで甘~い💕お仕事!? 『膝の上に座って。』『悪いけど仕事の為だから。』 小さな翻訳会社でアシスタント兼翻訳チェッカーとして働く風永 唯仁子(かざなが ゆにこ)(26)は頼まれると断れない性格。 ある日社長から、急ぎの翻訳案件の為に翻訳者と同じ家に缶詰になり作業を進めるように命令される。気が進まないものの、この案件を無事仕上げることが出来れば憧れていた翻訳コーディネーターになれると言われ、頑張ろうと心を決める。 しかし翻訳者・若泉 透葵(わかいずみ とき)(28)は美青年で優秀な翻訳者であるが何を考えているのかわからない。 彼のベッドが置かれた部屋で二人きりで甘い恋愛シミュレーションゲームの翻訳を進めるが、透葵は翻訳の参考にする為と言って、唯仁子にあれやこれやのスキンシップをしてきて・・・!? 過去の恋愛のトラウマから仕事関係の人と恋愛関係になりたくない唯仁子と、恋愛はくだらないものだと思っている透葵だったが・・・。 *導入部分は説明部分が多く退屈かもしれませんが、この物語に必要な部分なので、こらえて読み進めて頂けると有り難いです。 <表紙イラスト> 男女:わかめサロンパス様 背景:アート宇都宮様

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

すれ違ってしまった恋

秋風 爽籟
恋愛
別れてから何年も経って大切だと気が付いた… それでも、いつか戻れると思っていた… でも現実は厳しく、すれ違ってばかり…

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

処理中です...