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〖第53話〗
しおりを挟む隣の覚さんを抱きしめる。
「洋之………」
回される覚さんの手が、熱を帯びていた。
「………バスルーム貸りるよ」
シャワーを浴びながら思うことは、今夜?ということ。あるわけがない、と淡い恥ずかしい期待を振り払いながら準備をする自分がさもしい動物に思える。予備に置いてある覚さんのガウンを借りる。
少し大きくて、どこか覚さんの匂いがする。甘い香水のような覚さんの匂い。金木犀の匂いに似ている。袖の匂いを目を瞑ってかぐ。抱きしめられているみたいだ。
「どうした?長いから、心配した」
いきなり声をかけられてうろたえた。
「な、なんでもないよ」
「顔が真っ赤だ。熱さにあたったか?」
「ガ、ガウンの匂い嗅いでた………それだけ」
覚さんは少し意地悪く、愉しそうに俺を見る。
「発情した、犬みたい………匂いなんて」
覚さんは微笑んだあと、俺を抱き寄せスンスンと、髪の匂いを嗅いだ。
「シャンプーに混じって洋之の匂いがする。少しだけ、爽やかに甘いな。これで私も発情した、犬だ」
そっと口唇を重ねた。丁寧で甘い。予期せずもれた声に、口唇を離し、覚さんは目を細め、
「可愛い、声だ」
先に部屋で待っていてくれ。と言い、額にキスをして、バスルームに消えた。
──────────
雰囲気のある間接照明が目に入る。いつも、ここで眠っていた。ベッドに腰かけ、置かれていたスケッチブックにもう一度手を伸ばす。綺麗で切ない。花に埋もれているのに、羽根を怪我した蝶の俺は寂しそうだ。
「絵を見ていたのか」
そう言い覚さんは隣に腰を下ろした。顔をあげずに俺は『うん』という。覚さんは『気に入らない?』と言った。俺は『ごめんね………』とだけ言ってスケッチブックを閉じた。
「覚さんが、好きだよ。一番、好きだよ」
見上げると、傷ついた子供のような顔をした覚さんにぶつかる。
「どうして、悲しそうな顔するの?」
「解らない」
「自分のことなのに?」
「だからだ。私は悲しそうか?」
「うん……………覚さん、きて?」
俺は軽く手を広げた。崩れ落ちるように俺に倒れこむ覚さんを強く抱きしめる。
「俺を抱いてよ、覚さん」
覚さんを抱きしめながらそう言った。
「俺もあなたを愛しているよ」
ガウンを剥がされる。自分の病み上がりの身体は白くて、病室の気配を身に纏っているみたいだと感じた。
「君が好きだ。ずっと君が好きだった」
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