蝶々の繭

華周夏

文字の大きさ
上 下
52 / 64

〖第52話〗

しおりを挟む

 ほどなく家につき、ダイニングで、久々のお茶の時間を楽しんだ。覚さんの手が好きだ。均整が取れた繊細な長い指。整えてある爪。俺が好きなダージリンをストレートで淹れてくれた。

「やはりダージリンは香りが良いね」

「紅茶のシャンパンだっけ? 美味しい。今回の入院………お世話になりました」

 俺が頭を下げると、覚さんは、

「私が、君を追い詰めた。謝るべきなのは私の方だ。今更だが、すまなかった」

「覚さんは、悪くないよ」

 淡く微笑み浮かべ俺は覚さんを見つめた。しばらくして、スケッチブック三冊分の絵の話になった。

「題名は『羽化』君の約三ヶ月を描いた」

 ダイニングで、スケッチブックを五冊渡された。

──────────

 繭の中で傷ついて悲しげに赤い血がついた白い布を身に纏い丸まる俺。少しづつ傷も癒えて、蛹になり、繭を破り、羽根が生えた俺は、草原の中で花達と戯れる。そして、空の青の中を飛びながら、花を一輪抱きしめる。そこで絵は終わる。羽根は蝶の羽根。ミヤマカラスアゲハの色。宵闇に青くきらきら光る美しい羽根。

「どうして?」

 胸をかきむしられるようなもどかしさを感じた。先生は、多分一生忘れられない、忘れるつもりもない、未昇華の大きな傷だ。俺だけでもずっとあのひとは憶えていてあげたい。

 誰もいない、孤独なあの人の遺影を心に飾る。けれど、今、俺の心に住んでいるのは覚さんだけだ。俺の心をかき乱して、どうしようもなくさせることができるのも。

「どうして?どうしてこの絵を描いたの? 答えてよ!」

 俺は、手を握りしめた。あまりのやるせなさと悲しみが溢れる。

「先生の話をする君は切なそうで、でも、遠い恋を懐かしむ瞳に見えた。まだ、先生を忘れられないのかと思えた。花は私の願望だよ。君が抱きしめてくれるのが私なら……そう思って描いた」

 俺はテーブルを叩いて言った。目頭がじんわり熱い。ここに来てから、いや、覚さんの前で俺は泣いてばかり。絵にも悲しい顔をする俺と、涙を流す俺が沢山描いてあった。

「俺は覚さんが好きだよ、どうして信じてくれないの?俺をないがしろにしてルミエと寝てたから?それとも母さんの言うことを信じてる?メンデルの法則はあてにならない?俺の気持ちは?信じてくれないの? 覚さん………俺は与えるひとなんだよね?………あげるよ?俺を全部、あげるよ? 気持ちも、身体も、全部あげる。だから、悲しい顔しないで。お願いだから、そんな顔しないで」
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

新緑の少年

東城
BL
大雨の中、車で帰宅中の主人公は道に倒れている少年を発見する。 家に連れて帰り事情を聞くと、少年は母親を刺したと言う。 警察に連絡し同伴で県警に行くが、少年の身の上話に同情し主人公は少年を一時的に引き取ることに。 悪い子ではなく複雑な家庭環境で追い詰められての犯行だった。 日々の生活の中で交流を深める二人だが、ちょっとしたトラブルに見舞われてしまう。 少年と関わるうちに恋心のような慈愛のような不思議な感情に戸惑う主人公。 少年は主人公に対して、保護者のような気持ちを抱いていた。 ハッピーエンドの物語。

理香は俺のカノジョじゃねえ

中屋沙鳥
BL
篠原亮は料理が得意な高校3年生。受験生なのに卒業後に兄の周と結婚する予定の遠山理香に料理を教えてやらなければならなくなった。弁当を作ってやったり一緒に帰ったり…理香が18歳になるまではなぜか兄のカノジョだということはみんなに内緒にしなければならない。そのため友だちでイケメンの櫻井和樹やチャラ男の大宮司から亮が理香と付き合ってるんじゃないかと疑われてしまうことに。そうこうしているうちに和樹の様子がおかしくなって?口の悪い高校生男子の学生ライフ/男女CPあります。

【完結】忘れてください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。 貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。 夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。 貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。 もういいの。 私は貴方を解放する覚悟を決めた。 貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。 私の事は忘れてください。 ※6月26日初回完結  7月12日2回目完結しました。 お読みいただきありがとうございます。

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

彼の理想に

いちみやりょう
BL
あの人が見つめる先はいつも、優しそうに、幸せそうに笑う人だった。 人は違ってもそれだけは変わらなかった。 だから俺は、幸せそうに笑う努力をした。 優しくする努力をした。 本当はそんな人間なんかじゃないのに。 俺はあの人の恋人になりたい。 だけど、そんなことノンケのあの人に頼めないから。 心は冗談の中に隠して、少しでもあの人に近づけるようにって笑った。ずっとずっと。そうしてきた。

2番目の1番【完】

綾崎オトイ
恋愛
結婚して3年目。 騎士である彼は王女様の護衛騎士で、王女様のことを何よりも誰よりも大事にしていて支えていてお護りしている。 それこそが彼の誇りで彼の幸せで、だから、私は彼の1番にはなれない。 王女様には私は勝てない。 結婚3年目の夫に祝われない誕生日に起こった事件で限界がきてしまった彼女と、彼女の存在と献身が当たり前になってしまっていたバカ真面目で忠誠心の厚い騎士の不器用な想いの話。 ※ざまぁ要素は皆無です。旦那様最低、と思われる方いるかもですがそのまま結ばれますので苦手な方はお戻りいただけると嬉しいです 自己満全開の作品で個人の趣味を詰め込んで殴り書きしているため、地雷多めです。苦手な方はそっとお戻りください。 批判・中傷等、作者の執筆意欲削られそうなものは遠慮なく削除させていただきます…

別に、好きじゃなかった。

15
BL
好きな人が出来た。 そう先程まで恋人だった男に告げられる。 でも、でもさ。 notハピエン 短い話です。 ※pixiv様から転載してます。

熱中症

こじらせた処女
BL
会社で熱中症になってしまった木野瀬 遼(きのせ りょう)(26)は、同居人で恋人でもある八瀬希一(やせ きいち)(29)に迎えに来てもらおうと電話するが…?

処理中です...