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〖第52話〗
しおりを挟むほどなく家につき、ダイニングで、久々のお茶の時間を楽しんだ。覚さんの手が好きだ。均整が取れた繊細な長い指。整えてある爪。俺が好きなダージリンをストレートで淹れてくれた。
「やはりダージリンは香りが良いね」
「紅茶のシャンパンだっけ? 美味しい。今回の入院………お世話になりました」
俺が頭を下げると、覚さんは、
「私が、君を追い詰めた。謝るべきなのは私の方だ。今更だが、すまなかった」
「覚さんは、悪くないよ」
淡く微笑み浮かべ俺は覚さんを見つめた。しばらくして、スケッチブック三冊分の絵の話になった。
「題名は『羽化』君の約三ヶ月を描いた」
ダイニングで、スケッチブックを五冊渡された。
──────────
繭の中で傷ついて悲しげに赤い血がついた白い布を身に纏い丸まる俺。少しづつ傷も癒えて、蛹になり、繭を破り、羽根が生えた俺は、草原の中で花達と戯れる。そして、空の青の中を飛びながら、花を一輪抱きしめる。そこで絵は終わる。羽根は蝶の羽根。ミヤマカラスアゲハの色。宵闇に青くきらきら光る美しい羽根。
「どうして?」
胸をかきむしられるようなもどかしさを感じた。先生は、多分一生忘れられない、忘れるつもりもない、未昇華の大きな傷だ。俺だけでもずっとあのひとは憶えていてあげたい。
誰もいない、孤独なあの人の遺影を心に飾る。けれど、今、俺の心に住んでいるのは覚さんだけだ。俺の心をかき乱して、どうしようもなくさせることができるのも。
「どうして?どうしてこの絵を描いたの? 答えてよ!」
俺は、手を握りしめた。あまりのやるせなさと悲しみが溢れる。
「先生の話をする君は切なそうで、でも、遠い恋を懐かしむ瞳に見えた。まだ、先生を忘れられないのかと思えた。花は私の願望だよ。君が抱きしめてくれるのが私なら……そう思って描いた」
俺はテーブルを叩いて言った。目頭がじんわり熱い。ここに来てから、いや、覚さんの前で俺は泣いてばかり。絵にも悲しい顔をする俺と、涙を流す俺が沢山描いてあった。
「俺は覚さんが好きだよ、どうして信じてくれないの?俺をないがしろにしてルミエと寝てたから?それとも母さんの言うことを信じてる?メンデルの法則はあてにならない?俺の気持ちは?信じてくれないの? 覚さん………俺は与えるひとなんだよね?………あげるよ?俺を全部、あげるよ? 気持ちも、身体も、全部あげる。だから、悲しい顔しないで。お願いだから、そんな顔しないで」
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