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〖第49話〗
しおりを挟むそう言い、確かに笑ったはずなのに涙が零れた。覚さんは、やさしく俺に口づけた。二回目の深いキスは甘いデコポンの味がした。
「泣きながら笑わなくていい。泣きたいときは泣いていいんだから。洋之の泣き場所は、私だと言ったよ?」
俺は静かに涙を流しながら、何回も覚さんと口唇を重ねた。溶けてしまいそうだった。心地よくて、しあわせで、俺は、欲しかったものをやっと掴んだ。何度も口づけを求める俺に、覚さんは応えてくれた。『あいしてる』という言葉も重ねながら。 覚さんは言葉を繋ぐ。
「君を好きだよ。愛しているよ。だからもう、誰も心の中に入れない。君で最後だ。私には君だけだ………そうだな。退院する日まで、洋之の好きな花を持って面会に行くよ。何の花がいい?」
俺は我儘を考える。とびきりの我儘。
「花より、美味しいアイスクリームがいいな。でも、我儘を言うと一回だけ金木犀の花が見たい。あの香りを嗅がずに終える秋は少し淋しいから……覚さん、来るときも、帰るときも、気をつけて。あのカーブ霧がでるから」
「解った。気を付けるから。明日から楽しみにしていなさい」
その言葉通り、覚さんはいつも美味しいアイスクリームを、五日後には金木犀の大きな花束を持ってきた。部屋中いい匂いだが生ける花瓶がない。仕方なく、部屋に数本残し、残りはロビーに飾られた。そして、覚さんは毎日俺を見つめる。そして俺をスケッチブックに俺を映す。
「絵を見せて」
と言ってしっかり見せてくれたのは一度だけ。一番最初の絵。繭のようにシーツに丸まって、怪我をして赤色を配色された、静かに悲しそうな表情をした俺。それからは見せてくれない。
「内緒。退院したら見せるから、早く元気になりなさい」
ふふっと笑って、俺は『解った』というように覚さんの頬に口づけた。
──────────
毎日が明るい。足はまだ少し痛いけれど、それすら甘い足枷のようだ。きついリハビリの時間が終わると必ず覚さんは、子供へのご褒美のように売店でカップの高いアイスクリームを買ってくれた。やっぱり覚さんは悩むけれど結局ラムレーズンを手に取る。俺は抹茶だ。病室に帰る頃が食べ頃になっている。
「覚さん、いっつも悩むけど必ずラムレーズンだね。それ、そんなに美味しい?」
「一口食べる?」
木の匙が自分ではなく覚さんの口に運ばれる。口唇を重ねて味わったラムレーズンは、甘ったるくて、熟れた果実のような味がした。
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