蝶々の繭

カシューナッツ

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〖第34話〗

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 化学準備室で、ビーカーで麦茶をご馳走になった。それと、ここら辺の地域の名物のクッキー生地の固いお煎餅。いつも食べ馴れて、もう美味しいとも思わない煎餅を俺は、パキッと齧った。ビーカーの麦茶を受け取ったが良いものの、まじまじ眺めていると、

「新しいから、大丈夫だよ」
 
 あのひとは笑った。

「あ、いや。珍しくって。面白いなって」
 
 化学準備室の麦茶は、少しぬるかったけど、美味しかった。

「先生、授業終わったらいいもの見せてくれるって行ったけど、何?」

 風の通り道なのか、カーテンがまるで怪物のように大きく膨らんで、先生なんか簡単には攫われてしまいそうだった。サッカーなんて本当にしてたのかと思えるくらい細くて、白い肌をしていた。

「そうだったね。こんな変なお茶に付き合ってもらって………僕は駄目だな」

 困った姿に苛々した。深山先生が謝ることじゃない。

「先生、卑屈になるなよ。お茶、ビーカーの麦茶はぬるかったけど美味しかったよ。センスも良いし。此処の名物のお菓子も美味しかったよ。俺、先生のこと好きだよ。今日の授業で好きになった。一番、やさしい先生だよ」

 泣きそうな顔をして先生は笑った。今まで見ていた笑顔で、一番綺麗でつらい笑顔だった。俺の何かが溶けた。恋に落ちた。一瞬で世界が変わった。何もかもがつまらない、モノクロームの世界に色がついた。

 この想いは誰にも言わないと決めた。それから先生の『宝物』を見せてもらった。


アゲハ蝶たちの標本。


「この蝶だけで授業五回分の価値あるよ、先生!」

「早瀬くんが、これからの補習の授業、全部出席したら、僕の『本当』の宝物、見せてあげるから。頑張って」

 その日、夏の暑い日。蝉が叫ぶように鳴いていた。化学室の壁に反射して俺の鼓膜を揺らしていた。暑さで、ぼうっとした。前に言った『好き』という言葉は、先生を元気づけるためと思われている。

 それでいいはずなのに、苦しい。受け入れてもらえることはない、まず、気づいてもらえることはない。決して交差しない想い。あのひとを好きだとも伝えるのも駄目だ。嫌われる。気持ち悪いと思われる。先生に『蔑視』の瞳で見られたとしたら、つらい。

 ただ、俺が『何かに苦しんでいる』と思ったらしい。あのひとは悲しみに敏感だった。先生は俺の席の隣の席に座り、二人で何も言わず、サッカー部の練習を見ていた。俺は窓に映った先生を見ていた。
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