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〖第33話〗
しおりを挟むけれど、口唇を離して、覚さんを見つめると、難しい顔をして覚さんは小さく息を吐いた。俺の胸に棘のようなものが刺さった。あれは紛れもない『後悔』だ。
「俺とキスするの、嫌だった?」
「いや、自分の自制心の無さにだ。何だか目が冴えたな。私の話は少ししたけど、君の話は聞いてない。君の初恋は?」
「………高二。あんまり面白くないよ」
──────────
本気で好きになった人は、大人しめの穏やかな声の、高校の化学の若い男性教師。深山先生と言う名前だった。名前は、知らなかった。卒業文集にも載らなかったから。やさしい、穏やかな声のひとだった。
教壇の上では意地の悪い、女子生徒のいじめにあって、馬鹿な奴らが好き勝手やって、学級崩壊していた。いじめる奴の品の無い甲高い声が母親に似ていて嫌で、俺はいつも、授業をサボるか、授業の終わる二十分くらい前に来ていた。
案の定、俺は単位が足らず呼び出され、三週間の化学の深山先生とのマンツーマンの補習をすることになった。補習の授業は上の空で、窓の外のサッカー部の好みの男を見ていたら、いつの間にか隣の席に座った先生が俺を見て、苦笑しながら話し出した。
「サッカー好きなの?これでも僕、全国でベスト4まで行ったんだよ。MFだった。あの頃は日に焼けてたなあ。今はヒョロヒョロで、しかも青白くって、面影なんてないね。サッカーには関係ないけど。早瀬くんに、この授業が終わったらいいものを見せてあげるよ。だから、あと二十分頑張って聞いて。僕の授業、つまんないけど」
その時、初めて、あのひとの声を聞いた気がした。穏やかなまるい声だった。俺は大人しく化学の小テストを受け、授業を聴き終えると、先生は、化学室の隣の部屋から、おいでおいでと手招きした。化学準備室だった。
普段、生徒は入室禁止なので俺も少し、尻込みしたのが解ったのか、深山先生は、
「今日学校には、宿直の先生と、僕と部活の先生しか来ないから。おいで」
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