蝶々の繭

華周夏

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〖第17話〗

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 あのひとが残した最後の文字の『好き』の意味は、多分ただの一人の生徒へのものだったと思うけれど、期待させるようなことを、夢を見させるようなことを、言わないで欲しかった。

 俺の心からあのひとが消えることはなくて、俺はずっとあのひとの面影を探し続けた。もう十年経った。

 だから、もう新しい恋をすることを、俺を、許してくれる?
   
*****

 ここに来てから一ヶ月経った。高原には夏の名残か、花弁の先を赤茶に変えた待宵草、浅くこだまする蝉の儚い声。去り行く夏が少し切ないと覚さんにいうと、

「洋之は、感受性が強いな」

 覚さんは言った。

「そう言われて、喜んで良いのかな」

 そう俺は靴先で砂利道の石ころを蹴る。

「素敵なことだよ。傷つきやすくて、少し生きにくいかもしれないが」

 覚さんはそう言い目を細めた。眼鏡にかかるグレーの髪を指先で、すっと、かき揚げる仕草が素敵だと思った。

 光が大きな窓から入る、華やかな白のレースのカーテンが揺れる。二階の南向きの角部屋。

 上半身裸の俺は白い百合の花が無造作に散らされたベッドにしなだれかかり指定されたポーズをとる。

 黒い布を腰に巻いた俺を見ながら、キャンバスに薄く鉛筆を走らせる。ポーズを取りながら、沈黙が重くて、したくもない母から聞いた話をした。

「父と母は大恋愛したと、周りの大人は言っていました。誰もが羨んだ二人だったと。昔、自慢気に母が。そのころ覚さんは誰か………心に居たんですか?」

 その言葉に覚さんの表情が消える。

「まあ、ね。いたよ。友次だ。好きだったよ。君は…少し友次に似ているかもしれないな。誰もが羨んだ二人、か。それはそうだろうね。私は羨んだと言うより軽蔑したね。正美さんは私の恋人を横恋慕して、その当人の友次は私の絵のモデルが面倒になって、近所のペンションに来ていた正美さんのところに遊びに通って浮気した蜜月が、彼らのしあわせだ。ある意味、私の目をかいくぐった大恋愛かな」
 
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