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〖第16話〗
しおりを挟む「甘える? 私に?」
小さく俺が頷くと、覚さんは不思議そうな顔をしたあと、腕を組み難しい顔をした。
「………解った。けれど、最初の通り、家事全般は頼むよ。これは甘えるに入らないよ?」
「解っています。あくまで素人の俺のモデル料くらいと、ちゃんと解っているつもりです。夜中、インスタントの味噌汁をひっそり頂くくらいです」
「君は面白いな。七時に夕食を頼むよ。それまで少し休む。納豆と沢庵は勘弁してくれ。キッチンのものは適当に使って構わないから。あのインスタント味噌汁は美味しいよ。フリーズドライの良いやつだからね」
覚さんが部屋に入るのを見届けて、ベッドの羽毛布団を思いきり抱きしめる。この苦しさの理由は『恋』だ。
あのひと以来、初めて心が動いた。後悔はもうしたくない。
あのひとがいなくなってから、ずっと悔やんだ。
伝えたい言葉は伝えなければ意味がない。あれだけ心の中で
『もう、誰も好きにならない』
なんて言っていたのに、今、会って一日も経っていないひとに、惹かれている。
あれだけ想った苦しい初恋は、こんな簡単に過去になる。
けれど、あのひとを忘れたわけじゃない。裏切っているわけじゃない。
あのひとを、今も想っていること、そしてずっと想い続けることは噓じゃない。
ただ、俺もしあわせに、なりたい。俺は、あのひとの口唇の温度や、頬の温度、あのひとの手の平の温度さえ知らない。
それは、触れたことがないから。あのひとは、俺があのひとの口唇を見つめていたことに、気づいていたのだろうか。今となってはもう解らない。
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