蝶々の繭──午後二時の影

華周夏

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〖第3話〗

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 母は、俺の触ったものは、消毒させてからしか触らなくなった。勿論、早瀬の恥と家政婦さんたちに俺について言うことはなかったが。父は俺については何も見ないふり、知らないふり。交わす言葉もほとんどない。

 俺は父の空気、母のバイ菌になった。カミングアウトがどれだけ難しいかは解っている。『肯定』は初めから望んではいなかった。覚悟もそれなりにしていた。それでもやっぱり、つらい。
 
 高校を卒業し、大学に進学した。そして、大学時代からその大都市の歓楽街にある小さな店のバーテンダーとして働いてきた。

 独り暮らしの対価として、両親と約束したこと。家業のために必要な宅建と司法書士と簿記二級以上の資格は取ること。そして、それらはもう済んだ。

 俺はあの人たちに借りは作りたくなかったから、大学生活の独り暮らしでかかった、学費、生活費は全額返済した。あの家に、俺を人間扱いしない両親に頭を下げるのは嫌だった。
 
 毎年お盆に帰省するが、実家には寄らずに、駅からレンタカーで通っていた高校へ行くのが毎回のルーティンだ。校庭の隅のベンチに座る。

 会いたかったひとに会うためだった。やさしく触れるように指を風に絡めては目を細め、手配して買った理科の授業で使うビーカーにコンビニで買った麦茶を注いで隣に置いて、しばらく話しかけたりして、陽が傾く頃、ビーカーのぬるい麦茶を飲み干して、すぐその日のうちに帰った。

 俺は地元を、あの村を嫌いなわけではない。あのひとがいる。あのひととの思い出がある。
  
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