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〖15〗別れの挨拶
しおりを挟む「あの子の毛皮………ありがとう。簪は貴方が。あの子は貴方に憧れていたから」
「華さん………受け取れません。貴女が大切に持っていて下さい。帰りましょう」
私は差し伸べられた貴方の手を振りほどきました。貴方はひどく傷ついた顔をしてから、切なそうに微笑みました。
「罠と狐には気をつけます。雪と二人にしてください。それと、親切にして下さったのに、申し訳ありません。こんな失礼な態度を。お許しください」
「そんな、華さん……許す許さないの問題ではありません。私は、貴女が心配で……」
「貴方の心配なんて要らない!雪、ごめんね。悪いお姉ちゃんだったね」
私は一晩中泣き明かしました。私の顔を見たひとは皆、泣き腫らしたみっともない顔だと思うでしょう。足に怪我の名残が残る弟への注意を怠りました。まだあの子は全速力で走れない仔兎なのに。私は桜に寄り添って、雪に謝り続けました。
罰の悪そうな、白霜さまの気配がありました。私は、振り返らずに言いました。
「独りに、なってしまいました。白霜さま」
「気づいていましたか」
「誰も、いない。誰も。誰もいなくなってしまいた……」
白霜さまは、私の隣に腰を下ろしました。
「……私がいます。あなたの苦しみを分けて下さい。華さん」
「……貴方も、貴方も兎を食べるでしょう?私を食べない理性の保証はありますか?貴方だって飢えたら私を食べるくせに!雪を食べた狐と同じよ!」
言い放った言葉をこんなに後悔したことはありませんでした。ただの八つ当たりです。私は決して私に危害を加えることはないと解った上で白霜さまに向かって腹立たし紛れの言葉を繋げます。
汚い私の言葉は、いつしか涙に変わりました。白霜さまは私の手を痛いくらい握りしめ、言いました。潤んだ声が辛かった
「華さんだけは………貴女だけは………食べない。飢えて死のうが、私は貴女を食べない!絶対に!」
白霜さまは静かに泣いていました。私と一緒にいたらこの方は不幸になる。やるせない苦しみを私は白霜さまの傍にいる限り、これ以上ない荷物を負わせてしまう。
もう、会うべきではない。私の隣で下を向き顔を上げることのない白霜さま。私は足手まといの部類でしょう。群れの皆にも迷惑をかけたでしょうし、兎を食べられないと言ったら白霜さまの群れの頂点にいるものとしての沽券に関わります。私は白霜さまの手の甲にそっと口づけました。
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