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〖第44話〗
しおりを挟む夜、近くの店で夕餉の買い物をする。おでんにした。寒い夜はこれに限る。身体があったまって、ほっとする。俺は年を経るにつれ、昔より、味覚が鋭くなった。ものを食べる楽しみを覚えた。
本物の『食事』は出来ないけれど。俺は、正一と炬燵で厚揚げを食べながら、ぼんやりと言った。
「見つからないね、泪の石……」
昔の家に落ち着いたせいか、長い旅で初めて弱音が出た。正一は、苦しそうな顔をして、
「雪、つらくなったのかい?もう、旅を終わらせたいかい?雪、旅はもう嫌かい?」
「仲良くなるひと、木、見送るのは、少しだけ、つらい」
静かに、俺は炬燵に置かれた金色の鍋に手を伸ばし、俺は餅巾着を食べながら、俯き加減に話す。
「終わりに、するかい?雪」
「終わり?」
懐から、古い見覚えのある小さな巾着を正一は取り出した。中からコロリと泪の石を出した。
「君が私に預けていた泪の石。私がお守りに持ち歩いているのは知っているね?」
「……知ってる。これじゃあ、一つだけじゃ、二人で『終わり』にならないよ。正一、俺を置いていくの?それとも、俺が正一を置いていくの?……出来ないよ!そんなの要らないよ!」
震える手を気づかれたくなくて、俺は箸を置き、手のひらを握りしめた。
「今さら、どうして?」
じっと正一を見つめた。
「君が、あまりにもつらそうな顔をしていたから」
正一は、曖昧な表情を作り、言った。
「……石は、もうひとつあるんだよ。雪」
「え……どうして?何処へ行っても、探しても、あんなに探しても見つからなかったじゃないか!」
炬燵の焦茶の板の上に巾着からもう一つの青い美しい石がコロリと転がり出た。
「君のお母さんの泪の石だ。あの時、君のお母さんを撃ってくれと依頼した両替商の奥方からの私の報酬はお金と薬草の種だった。しかし、お金と満足な薬草の種は貰えず、泪の石が手元に残った」
「……どうして、教えてくれなかったの?」
俺の頬に音もなく涙が流れた。俺は正一に訊いた。
「……ただ、君とずっと一緒に居たかった。私が名前を呼ぶと、必ず君は必ず振り向いてくれて、笑ってくれたね。最初はそれで充分だった。でも、折を見て話そうと思っていたはずなのに、欲が出た。『まだ、終わりにしたくない』ってね。……たくさんのひとと別れて、悲しい思いもしたね。それでも私は君との旅を終わらせたくなかった。海を見るたびに君はとても嬉しそうにしていたことを覚えているよ。君にはつらい旅だったかもしれない。けれど、君はいつも傍にいて私の名前を呼んでくれた。その度に君を失うことが、怖くなった。永遠を願ってしまった。私は、君とずっと一緒に居たかった。雪、君を愛しているんだよ。どうしようもないほどにね。言い訳にも、ならないね……」
でもね、と小さな声で正一は言葉を繋げる。
「私は、君と一緒にいること、それだけで幸せだったんだよ……」
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