永遠の御伽噺─仙狐の恋─

カシューナッツ

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〖第41話〗

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 今なら解る。母さんは、きっとやさしいおじさんを愛していた。叶わない想いだったんだと思う。

 いつも去り際に握手をする時、母さんの手はうっすら蒼白く光っていた。……力を、分けてあげてた。

 そして握手だけでしか触れる術がなかった母さんの瞳は、正一を想うだけだった頃の俺の鏡に映った瞳と、同じ瞳を、していた。

「……何も知らなかった私は、ただの奥方の悋気だと気づけなかった私は、君の母さんを撃ち殺した。仙狐だと知らなかった。君を引き取ったのは神の一族と呼ばれる仙狐を殺した罪悪感。畏怖の念。それに糸に面影が似ていたから。……一番の理由は、出会った君があまりにも切なくて、悲しくて、やさしかったから。君には話したくなかった。話したら君は私を憎むと思った。謝らなければならないのは、私だ。謝って済むことではないけれどね。君の母さんの仇なんだから。私は卑怯だね。君に嫌われるのが怖かった。怖かったんだ。君の私を想ってくれる気持ちが消えて、憎しみに変わってしまうことが。もう、二度と君の笑顔が見れなくなると思うと、怖くてたまらなかった。愛しているよ、雪。君が愛しくて、たまらないんだ。すまない。君を愛して……愛してしまって。……言えなかった。いや、言わなかった。雪、私を殺したいなら殺しなさい。仙狐は生き物の気をどんなものでさえ奪いつくせると聞いた。すべてを知りながら、君を拾って、愛したのは私の罪だ。私を憎みなさい。憎しみは、生きていく上で力になるときがあるから」

 穏やかな口調で正一は言った。

「う、嘘だっ!正一、そんなこと、する人、違うっ!」

「私が、撃ったんだ。本当のことだ。雪、今ここで私の命を奪わないなら『待つこと』を許して欲しい。ずっと、待っているから。この家で君を待ってる」

「正一は、人間だ。俺、置いてく。俺、独り。正一、死ぬ。ずるい。俺、死ねない、永遠に、独りっ!」

「独りになんかさせない!」

 俺がそう言うと、正一は更に大きな声で言い放ち、転がった短刀を手に取った。
着物の袖を捲り、剣先を腕の内側にあてる。落ち着いた穏やかな口調で、正一は、俺の好きな、やさしい低い声で言った。

「良く、見ておきなさい」

「な、何する?やめて、正一!だめ、痛いの、だめっ!」

 ざっと刀を横に引き、正一は横に深く傷をつけた。血は止まり、傷も跡形もなく消えた。
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