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〖第39話〗
しおりを挟む髭面に組伏せられて、抗えない。下帯に手を伸ばされ、触れられる。
鳥肌が立つ。吐きそうだ。涙目で睨みながら震える俺を見て髭面は笑いながら言う。
「誠実そうな正一も、やることやってんじゃねえか。首元に口づけの痕なんか残しやがって。女房が死んだあと、男に行くとは思ってなかったけどなァ、こんな上玉じゃなァ」
「し、正一の、こと、悪く、言うな!」
「ハハハッ!お前、あいつの事知らねえな。あいつは嘘つきで、臆病で、汚いやつだ。お前だって、たまたま糸に似ていて、やりたかったから拾ったんだよ」
「や、やめろっ!や、いやぁあああっ!」
指先が金色に光った。身体が焼けるような感覚を覚え、俺は意識を失った。
***
俺が意識を取り戻した時には、髭面は灰になっていた。『力』をすべて奪いとったみたいだ。
『掟』に背いてしまった。
どんな罰が待っているんだろう。俺は怖くて、怖くて仕方なかった。へたりと座り込んで、俯いて両手を見た。
視線を感じ、玄関に目をやる。正一が立ち尽くしていた。
「ゆ、雪………?」
「み、見ないで、見ないで、お願い。そんな、目で、俺のこと、み、みるなぁっ!」
正一の視線が俺を切り刻む。俺は、はだけた着物の前を合わせ、正一から目を逸らす。無理やりに犯された断片がいくつも残された身体。
そして、目の前の少量の灰と、人が確かにいたとおもわせる着物。俺は崩れ落ちた。全部見られた。正一に、見られた。ばれてしまった。正一ならきっと解る。人間のふりをして、今まで騙していたこと。きっと、正一は許してくれない。
もう、俺を見てやさしく笑ってはくれない。触れてはくれない。髪を撫でて『あいしてる』なんて、言ってくれない。消えてしまいたいと思った。
もう、終わりにしよう。そう思い、俺はそっと手を伸ばし、かつて髭面だった男の灰の中から短刀を奪った。
カチャリと鞘を外す音が何の音もしない板の間に響く。もう、生きていたくない。正一にあんな目で見られるくらいなら、生きていたくない。
「ゆ、雪、何を……」
刀を首筋にあてる。正一を見つめる。涙でだんだん視界がぼやけてくる。
「正一……さよ、なら」
「やめろ!……やめろっ!雪っ!」
目をつぶる。思いっきり短刀をひいた。
──はずなのに、血が、とまる。傷が、消えていく。もう一度やっても、同じだった。俺の手から、短刀が滑り落ちる。死ぬことさえも、許されないのか。
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