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〖第33話〗
しおりを挟むただ、眠気と戦いながら待った。お酒を飲んで、もしそのまま道で寝てしまったら……。追いはぎに遭ってしまったら……。心配するといいことは考えない。
***
正一は深夜、子の刻くらいに、酔って、足元をふらふらにしながら帰ってきた。俺は囲炉裏端で、うたた寝をしていた。戸が開く音で目を覚ます。
「しょ、正一、おかえり。ご飯、食べる?すいとん、作った。具、少ない、けど、我慢して?今日、寒いから、あった、まるよ」
「……要らない。まだ起きていたのか。早く寝なさい」
「だって、ご飯……。正一、お腹、減って、ないの?寒い、食べる、あった、まるよ。す、少しでも、食べて。か、顔色、悪い」
器によそって正一にそっと差し出す。手に触れる。氷のように冷たかった。
「私に触るな!触らないでくれ。要らないと言っているだろう!」
まるで『うるさい』とでも言うように、正一の払った手が器に当たり、器が滑り落ちて、俺の膝にすいとんの汁がかかる。熱いというより痛い。
「熱い、しょういち、熱い、痛いっ」
身を縮め、熱さというより痛みに耐えながら、縋るように正一を見つめる。
正一の手が震えている。酔いで赤みがさした顔がみるみるうちに冷め、青くなっていく。何か怖いものを見るような目で俺を見るだけで、正一は、何もしてくれなかった。
「正一、た、助けて……助けて……」
そう訴えても逃げるように、正一は奥の部屋に行ってしまった。
───────────────
俺は独り、雪が降る中、右足を引きずるようにしながら、井戸の水を火傷した足にかけに歩く。風が強くなってきて、耳が痛い。
もう、右足が焼けつくように痛いだけで、身体の末端は麻痺してきた。今更になって自分が裸足だということに気づく。感覚がなくなるまで井戸水をかぶる。焼けつく痛さはとれたが今度は足が動かなくなった。
寒い。身体の感覚がなくなっていく。『力』が足りなくて、体温が維持できない。呼んでも来てくれないことくらい解っているのに、俺は正一を呼び続けた。喉が痛くなった。
「たすけて」
「さむいよ」
「しん、じゃうよ」
「しょういち……」
薄れゆく意識で声が聴こえる。
『仙狐、力をやる。取れ!このままだと凍え死ぬぞ!』
遠くの柿の声が俺に言う。
『要らない。このまま、雪にまみれて死んだほうがいい……』
涙が止まらない。俺はしゃがみ込み泣きじゃくる。
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