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〖第32話〗
しおりを挟む『悪い事』のあと、俺は正一を胸に抱いた。背を撫でてあげた。声を出さずに泣く正一が、眠りに落ちるまで。
泣きながら正一は、「すまない、雪」と小さく言った。俺は「謝ら、ないで」と言った。正一は「すまない」とまた言って俺の胸に顔を埋めた。
──────────
「糸のお墓に行って、花を供えてくる。遅くなるかもしれない」
正一の言葉に頷く。正一の面持ちは暗い。
「行ってくるね」
力なくそう言い、正一は町へ行った。正一が居ないこの家は広い。掃除をしてから、焚き付けに便利な杉の枯れ枝を風に力を貸してもらって集める。それから食事をした。
今日は表に人通りが多かったので裏山の山茶花の母親から少しだけ分けてもらった。甘酸っぱい、澄んだ味がした。
『雪様、今日は正一とあまり話さない方がいいですわ』
『どうして?』
山茶花の母親が声を潜めて言った。
『糸さんの命日には、正一はお酒を飲むんです。糸さんの親戚達に散々嫌味を言われて帰ってくるみたいで。それから私たちにつらくあたるんです』
『本当に?』
『山茶花は糸さんの好きな花でしたから。去年この子も無理やりに折られて……持ち直すのに時間がかかりました』
『もう平気よ』と子供のませた山茶花は笑う。
いつも穏やかな正一の印象と一致しなくて、俺は少し混乱した。俯く俺を見てか、若い山茶花は言う。
『母さま、正一のこと悪く言わないで、雪様が傷つくわ』
プイッと山茶花の母親から目を逸らした子供の山茶花の右の枝の折られた痕が痛々しい。
『……力を、少し分けるから、じっとして。うまくいかなかったらすまない。初めてなんだ』
手先に集中する。ふわりと、風が起こる。蒼白く指先が光る。ぐらりと眩暈がして俺は倒れ込んだ。しばらく俺は気を失っていたらしい。気がつくと辺りは薄暗くなっていた。
『雪様!雪様ぁ!』
子供の山茶花は泣くように枝を震わせていた。母親の山茶花は申し訳なさそうに枝を下げ、
『雪様、力の分けすぎです……私の力を取ってください、雪様』
『大丈夫だよ。心配をかけたね。加減が解らなかった。……家に戻る。夕餉の準備をしなければ』
俺はふらふらと立ち上がった。囲炉裏に火を入れ、部屋を暖める。今日は寒い。中々部屋が暖まらない。傷ついて帰ってくる正一を、せめて部屋だけでも暖かく迎えてあげたかった。
日が暮れて真っ暗になっても、正一は戻らなかった。夜も更けて粉雪が降ってきても帰らない正一が心配だった。
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