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〖第26話〗
しおりを挟む俺を真っ直ぐに見つめ、正一は言う。睫毛がじんわりと涙で湿っている。誠実な真剣な瞳。俺が、焦がれた瞳。
ずっとその瞳に映っていたかった。
正一は、もう俺がここに、正一の元に戻る気持ちがないこと『本気で出ていく』とが、解ったようだった。俺は首を横に振る。
「正一、謝ること、ない。本当に、糸さん、好き、だったん、でしょ?俺、拾われた、糸さんの、おかげ。似て、なかったら、し、正一、俺、拾わない。代わりでも、嘘でも、俺にやさしい、嬉しかった。俺、初めて、恋した。正一、お、俺の、初めて好きに、なったひと。だから、う、受け取って」
正一の頬に涙が伝った。正一は静かに泣く人だったんだと知った。
「……受け取ったら、君は出ていくんだろう?」
「うん」
「外は雨が降ってるよ?」
「うん」
「行かないで欲しい、雪。君は代わりなんかじゃないんだ、ここにいて欲しいんだ」
語尾を涙で潤ませ、次々と、正一は、見上げるように俺を見つめ、俺の欲しかった言葉を並べる。
正一は涙を浮かべて俺を見つめるけれど、今、俺が消えても、俺のことなんてきっとすぐ忘れる。すぐに小さな思い出になるだろう。
それでも、俺は覚えている。きっと、ずっと。それでいい。
───────────────
「ありが、とう。もう、いい。……もう、いいんだ。さよなら、しよう。ここには、俺、もう、来ない。げ、元気でね、正一、わ、忘れないよ」
最後くらいはきれいに去りたい。風に乗る。なのに、右手を掴まれる。いつもと同じ冷たい手を、『力』で振りほどいた。
裸足で外に駆け出そうとする矢先、後ろからきつく抱きしめられた。確かに力は使ったはずなのに。力を受けた右手なんて、腫れ上がるほど酷く痛いはずのなのに。
「行かないでくれ。君を失いたくない」
背中に感じる正一の熱。声も、熱い。回された腕が、顔が埋められた肩から感じる吐息さえも熱い。
「君が……好きだ。ここにいて欲しい」
「もう、嘘つく、嫌だよ。は、離して、お、お願い」
「離さない。雪、君だけだ。傍にいてくれ」
ポロポロ涙が零れた。俺は向き直り正一の背に手を回す。
「ずっと、そ、傍に、いるから、離さ、ないで」
「すまない、雪。ずっと傍にいるから」
すっと指が頬に触れた。冷たい指。目尻に残っていた涙を、掬い取るように、正一の指が拭う。
「……沢山、泣かせたね。少し、目が赤い」
視線を合わせる。冷たい手に頬をくるまれ、上を向かされる。
「目を閉じて、雪」
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