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〖第20話〗

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 夕餉の支度をしている正一を見ながら、いつも今日あったことを話す。申し訳なさそうに並べられた薄い沢庵、野菜が入った雑炊。塩辛いイカを焼いたもの。正一は申し訳程度にしか、夕餉に手を付けない俺を見て、眉を下げる。困った時、いつも正一の眉は下がる。

「おかわりは?」

「しょ、正一が、食べる、いい。俺、だい、じょぶ」

「痩せてしまう。病気にでもなったら大変だから、美味しくなくても食べてくれ」

 向けられた正一の眼差しが、瞬く間に言いようもない俺の胸に大きく深い傷を作る。正一の今の言葉は、俺に言っているんじゃない。声の色、表情。今の俺なら簡単に解ってしまう。

 少し前なら気づかなかった。
 気づけなければ、よかった。

 それから重ねられた、俺が一番欲しかった、苦しさと共に蓋をした、正一の心の奥底から発せられる数々の言葉の数々は、俺の影のもういない誰かへ注がれ続けた。

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 裏山に焚き付けの杉の枯れ葉を拾いに行ったとき、まだ若い五年目くらいの子供の山茶花に言われた言葉がある。

『雪様は正一に恋をしてらっしゃるの?まるで役者絵から抜け出てきた森蘭丸のような美男子でらっしゃるもの、絵になりますわ。けれど正一が信長では少々役不足だわ』
   
 そう悪戯っぽく、はにかみながら言った。親の山茶花が、

『こらっ!全く雪様に何て口を!』

    申し訳なさそうに枝を揺らし子供の山茶花の枝をこづき、

『申し訳ございません、雪様』

    さわさわと枝を下げた。俺は微笑み、

『いいんだよ。可愛い娘さんだね。恋か……そうかも……しれないね』

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 俺のこのしめつけられるように苦しさに、名前がついた『恋』というのか。
俺は俯き、箸を置き、黙る。好きだから解ってしまうのか。俺が一生懸命に蓋をしてきた想い。一生懸命気づかないふりをしてきたこと……。
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