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〖第16話〗

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 眉を下げる、少し寂しそうな、つらそうないつもの笑い方。正一の、謝るときの顔。正一は布団から手を伸ばして、俺の頬に触れた。

 軽く涙が滲んだ目尻に正一の指先が触れた気がして、心の臓を引っ掻かれているような痛みと苦しさを感じた。触れられた右頬が熱い。胸が苦しい。正一は、

「おやすみ」

    とだけ言い目を閉じる。その『おやすみ』の一言が何だか突き放されたように感じて、俺は少し怖くなった。

「ご、ごめん、正一。ごめん。怒らないで。ほんとは、寒い。一緒に、いたいよ」

『ほんとは寒い』は、嘘だった。ただ、嫌われたらどうしようと不安で、怖かった。そして、一番の『本当』は、正一の体温を感じたかった。

 一緒に居たかった。普段、触れたいのに触れることも出来ない。箸を渡される時にわざと指に触れたり、草鞋を履くときに、肩を借りたり。

 すべて、わざとだ。可愛らしい偶然じゃない。か弱いふりをしたり、都合の良いときだけ子供じみたことを言ったり。俺は、様々な嘘で塗り固められていく。正一には知られたくない。何でこんな気持ちになるんだろう。苦しくて、苦しくてたまらない。

 でも、正一に知られたくない。きっと嫌われてしまう。俺は目を伏せた後、チラリと正一を盗み見ると、目が合った正一は、困ったような微笑みを浮かべた。やさしい、いつも通りの瞳。

「怒ったりしない。どうした、雪。泣きそうな顔をして。おいで。くっついて寝たら暖かいから」

 俺は自分の布団からするりと抜け出し、正一の布団にもぐる。温かい。手はいつも冷たいのに。正一の体温は、普通の人間より少し高く、心地よかった。そして、こんなに近くで正一の顔を見るのは初めてだった。

 毎日の薬草と野菜の世話でうっすら日に焼けている、造作の整ったやさしい顔。笑い皺。

 正一の胸に顔を埋める。正一の、匂い。淡く香る正一の汗と、太陽と、草花の匂い。正一の、俺の髪を撫でる手が冷たいのに温かく感じて、さっきより胸が苦しい。

「正一、寒いよ、ぎゅって、して。お願い」

 体に回される右腕。涙が出る。嬉しいはずなのに。確かに温かさは感じるのに。それなのに虚しくて、悲しくて、たまらないのは、きっと正一があげたいものと、俺が欲しいものが違うから。

 それがただ、漠然と俺の中で出された答えだった。今、正一の胸の中で俺が、嗚咽を噛み殺し震えていても、正一は『寂しいからだ』そう思っている。そう言うことだ。
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