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〖第12話〗
しおりを挟むある夕餉のとき、俺は正一に言った。
「正一、ありがと」
「ありがとうって何がだい?」
「い、色々、いっぱい、た、たくさん」
「雪が元気なら、それで、いいんだよ」
「でも、どうして、正一、俺を見る、悲しい、顔する?」
少し間を置いて、
「どうして、だろうね……気のせいだよ。雪。悲しいことや寂しいことは、全部気のせいにしよう。ほら、すいとんが冷えるよ。こんなもので、いつもすまないね。早く食べなさい」
そう、正一は呟くように言った数々の言葉を、すいとんに混ぜて飲み込む。俺も黙ってすいとんを食べた。
正一に笑って欲しいのに、俺は笑わせ方が解らない。無力だと思う。何も出来ない。俺はただ与えられるだけ。正一は俺に何かして欲しいことはあるだろうか。そして俺はどうして正一に何かしたいのか。
最初に気がついたのは、視線。泣きそうなほどの悲しい、でも何処か懐かしいものを見るような不思議な視線を俺の背中は感じとる。俺に気づかれないように隠そうとする切なさも伝わる。そして、一呼吸おいての罪悪感。それに自嘲しながらの切なさ。いつもその繰り返し。
誰にも触れられたくないものはある。それは解っている。解っていながら、俺は、正一の視線に気づいたその日から、毎夜、柿に食事をさせてもらうのを自分の言い訳にして部屋を抜け出し、銀杏に頼んで、銀杏が見てきた正一の過去を、秘密の紙芝居のように盗み見た。
ただ、知りたかった。正一が俺に気づかれないように泣きそうな顔で俺を見ている理由を。
けれど解ったのは、縁側にただ座り、呆然と涙を流し続ける正一や、自害しようとして未遂に終わり、血を流しながら泣き叫ぶ正一だった。
どうして?何がそんなに悲しいの?
どうしたら悲しくなくなるの?
正一は俺に何を望む?
正一を、ぎゅっと抱きしめて頭を撫でてあげたいと思った。一緒に泣いてあげたいと、暖めてあげたいと思った。
でも、そんなことは正一は望まない。
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