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〖第11話〗
しおりを挟む本当はもっと食べたかったけれど、やめておいた。この時期は鳥たちも柿の実を楽しみにしている。また、少し分けてもらえればいい。
それから門の近くの銀杏の古木に無理を言って、銀杏が見てきた過去の一つを切り取ったものを『見せて』もらった。好奇心だった。それは、正一が庭先で膝をついて泣いている姿だった。雪が降っていた。
──────────────
幾分か若い正一は医者の格好をしていて、顔には殴られた跡や、蹴られた跡があった。地面の砂利混じりの土を握りしめて、泣いていた。噛みしめた口唇には血が滲んでいた。
「糸、糸……すまない。許してくれ」
繰り返し。咽ぶような、悔しさと苦しさ混じった声。俺は、それ以上見れなかった。ただの好奇心で正一の過去を覗いたことを悔やんだ。銀杏が渋ったのは俺のことを思ってのことだったと今になって解った。
「しょう、いち……」
今、隣で眠っているひと。答えない名前を呼ぶなんて無意味なのに、俺は何故か正一の名前を呟いた。今ごろ、穏やかな、深い寝息をたて眠りについている正一が、少しでもいい夢を見れるといい。俺は初めて誰かのために祈った。
──────────
毎日の暮らしの中で、正一は俺を少しでも元気づけようとしてくれた。珍しい、秋に咲く桜を見に連れていってくれたり、紅葉狩りに行ったりした。帰り道、正一はあけびを取ってくれた。小さく俺はあけびの蔓に謝った。あけびは、
「種は埋めてくれよ。大事な子供だからな」
そう、プイッと顔を背けた。正一と一緒に中身の実を食べたあと、あけびとの約束通り種を庭に埋めた。正一は残った皮を味噌で炒めてくれた。
裏山で取ってきてくれたキノコで、汁も作ってくれた。毎日を正一と一緒にいるうちに、いつしか俺は、自然と笑えるようになった。
正一はそんな俺を見てどこか寂しさを隠して笑う。
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