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〖第9話〗
しおりを挟む冬が終わるまでだ。春になったら出ていこう。人間と神族は生きる世界が違うのだから。そう決めたはずなのに、正一をじっと見つめてしまう。
繋がれた手のぬくみが切なくて、振りほどくことができない。会ったばかりの、まだ良く解らないこの男は、俺を不思議な気持ちにさせる。
「正一は、何の、た、食べ物、好き?」
「林檎かな。今、丁度収穫の盛りになるね。雪は、何が好きだい?」
「柿。甘いの、好き」
「私の家の庭にあるから、好きなだけ食べるといい。でも、柿のヘタは取っておいて欲しい」
俺はじっと正一を見つめた。
「乾かして、薬にするんだよ」
「ふうん」
そう俺は言った。
『知っていることも、黙っているといいことがあるのよ。相手が悦ぶらしいわ。特に年上の方』
おませな鶯が俺だけに教えてあげると、言っていた。何気なく上目遣いに正一を見つめると何故だろう、正一は照れくさそうだ。
───────────────
正一の家は確かに町外れにあったけれど、思ったより広く、綺麗に片づけられていた。清潔に拭かれた木の床などは正一の誠実そうな人柄が現れていた。
調度品から見ると昔は、医者だったのではないかと思った。柿のヘタは確か、漢方でしゃっくりの薬になる。確か「柿蔕」だったか。昔、古い柿の爺さんが言っていた。でも、
『医者なの?』
『どうして独りになったの?』
訊きたいことはたくさんあるけど、正一が言わないから訊かない。またあんな風に笑うかもしれない。正一のあんな顔は見たくない。
困ったり悩んだときには樹木に訊くのが一番早い。彼らは長寿だし、色んなことを教えてくれる。幸いここの家の庭にある木は老木も多い。近々正一が寝た後、色々聞いてみようと思った。
夜この家は静かだ。風に煽られた竹の葉の擦れる音が響いて山の暮らしを思い出した。違うのは隣の寝息。正一の寝息は、穏やかで、深い。どんな夢を見ているんだろう。
隣の人間を、俺はじっと見つめた。
──────────────
「お腹すいた……」
初めてきた日から毎晩、正一は俺に玉子粥を作ってくれた。
庭で飼っている鶏の玉子という物が人間にとってどんなに貴重なものか、俺は知っていた。喜ばせようとしてくれている。
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