7 / 44
〖第7話〗
しおりを挟む「あ、ほら、見てごらん。雪だよ」
穏やかな男の声は、濁った水みたいな俺の気持ちが濾過するように響いた。はらはらと雪が降る。今年初めての雪だった。
「綺麗だね。初雪だ。でも、やけに早い」
「お、俺の、な、名前、雪って、言う……」
「そうか……綺麗な名前だね。雪……君は雪かぁ」
男は俺を見て静かに微笑む。男はそれ以上何も訊かず『綺麗だなあ』と空を見上げて和やかに言った。口調とは裏腹に、男は何処か切なそうだった。
──────────
辺りがしんしんと冷えてきて、次から次へと雪が降る。冷えた地面は、少しずつ雪を受け入れて白くまばらに染まっていく。自分の張りつめていた気持ちがほどけていくようだった。黒い気持ちが、溶けていく。
「母、さん……」
呟くように、言った。ポツリと言った一言が張りつめていた糸を切り、涙を溢れさせた。
もう、母さんはいない。あのまるい声も、やさしく髪を撫でてくれる手も、ない。今更、母さんが居なくなった実感がわいてきて、悲しくて、悲しくて、声をあげて泣いた。
「たくさん泣きなさい。可哀想に」
男は、いきなり泣き出した俺を、抱きしめた。俺は男にしがみつき、みっともなく泣いた。何回も「母さん」と繰り返し、心の中では『ごめんなさい』と母さんに言った。男は着物の袂から手拭いを出し、俺の涙を拭いて、
「悲しいときは、泣いていいんだよ。我慢しなくていい」
──母さん、これは罪なのかな。俺は罰を受けるのかな。解っているんだ。『掟』には背いていないけど、俺は確かに悪いことをしてる。やさしくかけられる声に促されるように、母さんを殺した仲間の悪いひとの胸に縋って、泣いている。
泣いても泣いても、心が少しも楽にならないのは、俺はこれはやっぱり罪だからだ。
母さん、ごめんなさい。俺は独りが怖かった。急に独りになって、真っ暗闇に放り出されるようで、不安でたまらなかった。
この男は、多分悪いひとだけれど、俺の名前を呼んで笑ってくれた。「綺麗な名前だね」って。母さんが残してくれた、俺の名前を。母さん許して。弱い俺を、許して。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
離婚した彼女は死ぬことにした
まとば 蒼
恋愛
2日に1回更新(希望)です。
-----------------
事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。
もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。
今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、
「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」
返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。
それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。
神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。
大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。
-----------------
とあるコンテストに応募するためにひっそり書いていた作品ですが、最近ダレてきたので公開してみることにしました。
まだまだ荒くて調整が必要な話ですが、どんなに些細な内容でも反応を頂けると大変励みになります。
書きながら色々修正していくので、読み返したら若干展開が変わってたりするかもしれません。
作風が好みじゃない場合は回れ右をして自衛をお願いいたします。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。


愛する貴方の心から消えた私は…
矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。
周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。
…彼は絶対に生きている。
そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。
だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。
「すまない、君を愛せない」
そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。
*設定はゆるいです。
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

社長室の蜜月
ゆる
恋愛
内容紹介:
若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。
一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。
仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。

皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる