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〖第6話〗
しおりを挟む髭面は笑いながら山を降りていった。ざくざくと木の葉を踏む音が遠ざかる。ほっとし、顔をあげた。丁度、もう一人の男は涙目になりながら、こちらを見た。目があった。
「……君は?」
そう俺に話しかけながら、男はのろのろと立ち上がる。そういえば俺は、母さん以外とろくに話したことがなかった。大人しい顔をしていてもこいつも髭面の仲間だ。きっと山道の案内でもしたんだろう。悪そうな顔をしていないにしろ、ただ、怖かった。
「左、うで、傷……」
ぎこちなく俺は声を出す。俺はまだ、人間の言葉が上手く話せない。男は左腕に出来た傷を見て、
「ああ……大丈夫だよ」
と小さく言い、自ら手拭いで手慣れたように縛った。案外深そうだった。つらそうな様子を見て、少し可哀想だと思って息を吹きかけてやった。
これで痛みは治まるだろう。仙狐の力だ。男は、訝しげに俺を見つめて、
「どうしてこんな山の中にいるんだい?」
と訊いた。
「……独りに、なった」
とだけ答えた。答えになっていないのに、男は悲しげな顔をして言った。
「……これから冬が来る。私の家に来るかい?誰もいなくて、狭くていいなら」
そう言い、
「立てるかい?」
と俺に右手を差しのべた。どうして手を、取ってしまったのだろう。振り払うことも出来た。走って山に帰ることも出来た。
俺は何故か手を取ってしまった。差し出された右手は、冷たかった。冬は山で食事がしづらくなる。もしもの時はこの男で食事をすればいい。多少弱っても、若い人間は回復が早い。暖かい家もついてくる。
目元に刻まれている笑い皺に、穏やかな低い声の人がいいだけが取り柄そうな男。先に手を差しのべたのはこの男だ。俺じゃない。そう思い、俯く。
どんどん自分が醜くなっていくような感じがした。善意を悪用するなんて、悪いことだなんて解ってる。でも、母さんを殺した仲間だ。
俺は悪くない。俺は醜くなんかない!一生懸命そう思おうとして、掌を握る。涙が出そうだった。
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