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〖第5話〗

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 母さんが殺されたのは、俺がやっと一人で満足に『食事』が出来るようになった頃だった。

 秋だった。母さんと俺は稲荷の社の裏山で栗拾いをしていた。火縄銃の音が一回。それだけだった。長い綺麗な黒髪の着物姿の母さんは、瞬く間に一匹の真っ白い美しい狐になった。

 そしてすぐに、胸に寒椿のような赤色が滲んだ。しばらくすると男が二人現れ、大柄の赤い顔の髭面の男が笑いながら、

「こりゃ大漁だなァ」

   とガハハッと品のない笑い方をし、もう一人のうっすらと日に焼けた長身の男は、

「……話が違う」

 と小さく繰り返した。髭面ともう一人の男は少しの間、何やら口論していた。しばらくして髭面は銃を持って近くに寄ってきて、母さんのふさふさの、白い綺麗な尾を掴み、お金の話ばかりを繰り返した。

 もう一人の男は、悲しそうな顔をしながら、俯き、「すまない」と小さく言い、額を押さえた。俺は耳にはしていたが初めて見る『銃』に驚きと恐怖を覚え、岩陰に身を隠した。物凄く大きな音だった。雷神様が怒ったみたいだと思った。

────────────────    

 母さんが死んだ?一瞬で?良く解らなかった。最初信じられなかった。山の動物たち……母さんよりはるかに大きな動物、熊や狼すらも母さんには敬意を払った。樹木も草花も。

 それを、こんな、いとも簡単に生命を奪ってしまうなんて………。母さんに縋りつきたかったけれど、俺みたいな子供でもわかる。そうしたら俺もこの髭面に『銃』で殺される。

 髭面の下品な男は、驚いて岩陰に隠れ、腰を抜かせて動けない俺には気づかず、

「これを売れば、一年は寝て暮らせるなァ」  

 そう言い、もう一人の男にポンっと何かを投げ渡した。小さい巾着。中身を見た男は、大声をあげた。

「約束が違うじゃないか!」
    
 そう必死になって言った。髭面は、

「まあ、こんなもんだろ。諦めな」
    
 もう一人の男の腹を蹴った。

 日に焼けた男は衝撃で吹っ飛び、俺のすぐ近くにうぶせに転がりながら、低く呻いた。男は冬の眠った木々で引っかけたらしい真新しい傷が出来ていた。
    
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