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もう一人の海を捨てた人魚《最終話─2》
しおりを挟むアイラは頷いた。それから少しして、鉄板で野菜を焼いた。アイラもセイラも野菜とキノコしか食べない。俺も野菜が好きだ。
「アイラとセイラにはおにぎりつき。蜜柑ジュースもあるぞ」
不思議に上手に二人とも箸を使う。そのことをセイラに訊くと、恥ずかしそうに、
「ちょっと練習したの。おとうさんにビックリしてほしくて」
アイラに似て不安になるほどの美少年だ。護身術、俺は合気道の段持ちだから、早めに教えておこうかと思った。
「ああ。びっくりしたぞ」
わしゃわしゃとセイラの頭を撫でる。
「──ところでアイラ、本当にいいのか?セイラも。ここに住むのは海を捨てることに………」
「僕は君と生きるために来た。もう海へは還らない。セイラは半分は人だから、ここの海に入らない限り人のまま。人魚の特性、海から出ることはできないことを、セイラは受け継がなかった。簡単に言えば、水陸両用。なんてね」
数多の偶然と必然の中の幸せ。自分が年老いた時の御褒美のように、君と会えるのだと思っていた。でも、愛しい君と、かけがえのない息子と暮らせるなんて。
「特性野菜ソースにエノキつけて食べると旨いぞ。椎茸も焼けてる」
「ん!歯ごたえ良いね」
「この焼いた椎茸におしょうゆつけるの、美味しい!」
二人とも喜んでくれた。
セイラを寝かしつけたあと、水を飲みに起きて、偶々アイラと台所ではちあわせた。何を言ったら解らなくて、
「何か、食うか?」
とアイラに言うと、
「蜜柑。君が剥いて」
と君は言った。俺が向いた蜜柑を手渡すと、アイラは半分に蜜柑を割って俺に手渡した。
「君だから、意味がある。この蜜柑。いつも君が半分に割ってくれるのが楽しみだった。セイラはまだ、半分にする喜びを知らない。きっとあの子も、いつか恋をする。僕が君を好きになったみたいに。大変な道だけど、恋をする。それは、周りだした歯車はとめられない。困難な道じゃないと良い」
「アイラ、母親の顔になったな。慈愛っていうのかな、そんな顔してたよ」
夜は更ける。二人で昔のように話し込んだ。月は廻る。あの日の出会い。こんな蒼い月だった。
『──優しい君を、俺も好きだったよ、アイラ』
ずっと伝えたいことがあった、言えば良かった。叫べば君は振り向いた。君が振り向いたら今は違った。
『俺も、優しい君が、好きだったよ』
見上げれば蒼い月。いまここに彼はいる。伝えたいことは伝えなければ。愛してると、好きだよとも伝えられる。
「ありがとう。やっと三人で暮らせるね。僕も、優しい君が、ずっと好きだったよ」
ずっとずっと君を待った。
待つのがつらくて哀しくて、本当に君に会えるのか不安だった。でも、君は今ここにいる。
セイラという宝物まで連れて。忘れたことは一日もなかったよ。抱きしめて口づける。愛しい愛しい君。
蒼い月だけが俺たちを見ていた。
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