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穢された人魚《8》
しおりを挟む『人魚は本当の恋をすると綺麗になるのよ』
そう母さんが言っていたとアイラは身体を流し、白い四肢をお湯に浸かりながら言った。
確かに昨日と今日じゃ違う。瞳には魔力があるのかと思うほど妖艶。
学校に行って大丈夫だろうかと心配に思う程の色気。
「ふぅ。お湯温かいな。……アイラは、肌白いな」
「ショウは象牙色。綺麗」
何回も俺はアイラと口唇を重ねた。期限つきの恋だと思えた。アイラはずっと地上にはいない。いつも授業中、海を寂しげに見ているのを俺は知っている。
俺自身の気持ちは変わらないと俺は思っているけれど、アイラはどうなのか。気持ちはどうであれ、きっと、いつかアイラは海に帰る。そんな予感がする。
繋ぎ止めて絡んだ糸。離れ離れになるとは、考えたくない。
「ショウは不安なんだね。大丈夫。僕は海へは帰らない。ショウが『自分のせいで僕が海に帰れない』って思っているんだろうな、ていうのも解るよ。でも、ショウ、違うよ。僕の意思だよ。僕が帰るときは君の気持ちが僕からなくなってしまったら。お互いの想いが、消えてしまったら」
俺はいつか来るかもしれない恋の終わりを垣間見たようで、俺はつらくなった。
失いたくない。失えない。それは、俺も男だし、好きな人の子供は欲しい。けれど、それでアイラを失うのは嫌だ。俺は高望みはしない。
アイラがいてくれるならいい。ずっとアイラと二人で。でも、アイラは子供が欲しいのだろうか。この前お喋りをしているとき『人魚は寿命が長い』と訊いた。俺が先に死んだら、アイラは独りぼっちになってしまう……。仲間とも一緒にいることもできずに。
俺がぐるぐる考えていると、アイラは、心配そうに俺を見つめ、
「ショウ?」
「な、何でもないよ、梅干しおにぎりつくるからたべよう」
制服に着替えて、おはようのキスをして蜜柑ジュースと梅干しのおにぎりを足早に朝食にして学校に行く。
それが日課。拙い、若い初恋は、熟れて瞳をあわせるだけで切なくなる。
いつか来る終わりに怯えながらも、毎日が幸せで、毎日の日課はお互いの幸せを伝いあえる小さな方法。
「ショウ、おはよ。この前は良かったよ。また遊ぼうね」
手を振ってユウリは、校門前を駆けていく。隣のアイラはつらそうだった。
「もう、お前以外には触れないよ。約束する」
「約束を破ったら、僕は海へ帰るよ?」
苦笑いして悪戯っぽく、アイラは俺と瞳を合わせた。
「……わかってるよ。そもそも俺はアイラ意外にしか興味がないんだ。今まで抱いた人も、悪いけど……アイラの代わりだから」
────────
別れは突然だった。秋なのに暑い日だった。中秋の名月。
もう二度と見ることはないだろうと思っていた人魚の姿のアイラ。原因はクラスの男子の暴力だった。偶々目があった男子が学年でも指折りの評判の悪い生徒だった。簡単にいれば『惚れられた』
─────────────
「藍良、あんまり時間とらせないから。こっちこいよ」
「ごめん、帰って化学のテスト勉強しなきゃ。校門でショウくん待たせてるし」
「お前ら仲良いよな。アッチなの?」
アイラは、真っ赤になって否定したが、
「赤くなるつーことはできてんだ。へー。優等生がやるじゃん。ひとつ屋根の下やることやってんのかよ。ばらされたくなきゃ付き合えよ。俺ともいいことしようぜ」
─────────────
「アイラ、遅いな。化学のプリントもらってくるだけだって言ったのに」
暫くすると、ボタンのとれたシャツ、血がついた痕もある。はだけた学生服。涙で顔を濡らしたアイラが俯いて独特の歩き方出歩いてきた。
「アイラ!」
「ショウ……ショウ……」
「アイラ、大丈夫か?誰にやられた!ぶっ殺してやる!」
「いい。いいからお願い、綺麗にして、僕の中、綺麗にして。ショウにしか頼めないし、自分じゃうまく出来ない……子供ができちゃう、あんな奴らの子供は生みたくないよ。お願い……急いで、月が出る──」
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