セイレーン─海を捨てるくらいの恋─(番外編追加しました)

カシューナッツ

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人魚に会いたくて《3─1》

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 季節は過ぎて、春になった。毎日毎日、洞窟に行った。蜜柑をもって会いに行った。俺はアイラに伝えたかった。
 

 俺も好きだったよ。
 優しい君が好きだったよ。

 それだけでも、伝えたかった。本当は伝えたいことは、山ほどあった。
 
 月に君はよく似合った。君は化物なんかじゃない。綺麗な、海の神様に愛された生き物だ。
 
 あの日以来、君は俺の前に姿を見せてくれない。君と本当のさよならにしたくなくて、毎日、香りがつくよう、少女漫画じみてるけれど、爪で『アイタイ』と蜜柑を引っ掻いて文字を書いてあの洞窟に流した。
 
 ぼんやり岩に座り海と波を見つめる。洞窟は、今日も潮で満ちている。
 
 会いに行こうか。潮に満ちた海に潜って、流れに任せて。岩で怪我をする?アイラがさせられた怪我を考えたら、怪我のうちに入らない。

 会いたいんだよ。あの声で俺の名前を呼んで欲しいんだよ。あの笑顔を見たいんだよ。
 
 俺は学生服を脱ぎ捨て、ジャージの短パン一枚で洞窟へと潜った。光が届かなくなり、真っ暗だ。霞んでいく意識の中で思い出したのは、いつか君が話してくれた小さな話だった。

────────

『いつか、君の作った《おにぎり》って食べてみたいな。この地域に済むニンゲンは好きな人が多いみたいだね』

「アイラは安く済むなあ。あ、菜食だもんな。梅干しって、酸っぱいんだよ。おにぎり、今度買ってくるから!」

『君が握って。どんな不格好でもいい。君だから、君が握るから僕にとって意味があるんだ』

────────

 息が苦しくて、ぼんやりした頭の中で浮かんだのはアイラの綺麗な横顔だった。微笑んで、うっすら覗く白い歯。笑うとき、軽く首を傾げる癖が可愛らしかった。

 結局、梅干しおにぎり、あげられなかったな。そんなことを薄れ行く意識の中で考えていた……。

────────

 俺は近くの砂浜に打ち上げられていた。握られた右手に大きな真珠があった。不思議と淡く蜜柑のような匂いが漂っていた。
 
 俺は海に向かって叫んだ。

「アイラ?アイラだろ?俺、君がずっと好きだよ。真珠、ずっと持ってる。ずっと君だけだから。俺の事、忘れないで」

 俺は泣いた。擦り傷だらけの身体を引き摺り家へ帰った。千切れそうな、俺の初恋。
 
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