セイレーン─海を捨てるくらいの恋─（番外編追加しました）

人魚との別れ《２─２》

『……ニンゲンになりたかったなあ。君と学校へ行って、勉強して、学校が終わったら甘酸っぱい蜜柑を食べるんだ。蜜柑はショウ、君が剥いて。君が剥いた蜜柑がいい。……ねえ僕は欲張りかなあ。僕の望みはそんなに贅沢だったのかなあ……。君の友達に言われたよ《身の程知らずの化物》って。君が言う『友達』は大人を連れてやってきて、僕を殺そうとしたよ。僕は君と一緒にいたいだけだったのに……』

　アイラは俺の手の甲に額をのせ咽び泣いた。俺もアイラを抱きしめて泣いた。

「……ごめんな。俺のせいだ。きっと、あとをつけられてたんだ、気づけなかった。アイラのこと、守れなかった……」

『──もう、さよならだね。いつも蜜柑、ありがとう。ショウのこと、忘れない。もう、ここには来ない。君も来ないで。潮が満ちて危ないから。僕が、この洞窟には波が来ないようにしてた。さよなら。優しい君を、僕は──』

　最後の声を残して、君は身を翻して波間に消えた。綺麗だった。七色に光る尾びれ、金色の髪、碧色の瞳。

　本当に君は人魚だ。言い伝えのままじゃないか。あの日から俺の心は君が棲んでる。心を奪われて何もやる気が起きない。思い出すのはたくさんの表情。

　笑った顔も、
　怒った顔も、
　涙も。

　ああ、最後に君が言った言葉を思い出す。



『──優しい君を、僕は好きだった』

　ずっと伝えたいことがあった、言えば良かった。叫べば君は振り向いた。君が振り向いたら今は違ったかもしれない。



『俺も、優しい君が、好きだったよ』

　見上げればあの日の蒼い月。けれどもうここには彼はいない。