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〖最終話〗あなたがいたから
しおりを挟む新幹線のホームは、少し混んでいた。春が近いせいか、少し周りの人たちの色彩が明るい。少し時間に余裕をみておいたので、煙草でも吸おう、と巌と話し、喫煙室へ向かう。
前日に、お互いの好きな缶コーヒーをコンビニエンスストアで買っておいた。まるで遠足みたいだと巌は笑ったが咲也にとっては大真面目だった。喫煙室でゆっくり二人でコーヒーと煙を楽しんだ。
巌の煙草を吸う姿はとても様になる。『節くれた指が色っぽい』と咲也は言うと、巌は『恥ずかしいよ』と言い、顔を赤くして身を縮め下を向いた。そんな巌の煙草の銘柄はセブンスターだ。
音がして、ドアが開く。以前会った品の良いおじいさんだった。咲也は小さく『あっ』と言うと、おじいさんはにっこり笑った。
「お仕事ですか?」
「いえ」
「旅行ですか。ああ、今日はご主人と一緒なんですね」
と言いにっこり笑う。『ご主人』という思いもよらない言葉に一瞬戸惑いながらも、咲也は、
「ええ」
とにっこり笑う。巌も照れて小さくなっているが、嬉しそうだった。
「私は女房と今度は京都へ行くんですよ。私は京都へ行ったことがなくて。女房は何回も行ったことがあるから、今度は私が案内するって。あいつ、張りきってまして」
おじいさんの視線は温かく、おしゃれをした小さなおばあさんに注がれていた。今日は帽子ではなく豊かな真っ白い髪の毛を綺麗に編み込んでいる。控えめなやさしい色合いの口紅が雰囲気に良く似合っていた。喫煙室のドアが開く。
「あなた、あと五分で来るみたいですよ」
可愛い声のおばあさんだ。
「今行くよ。じゃあ、お兄さん方、良い旅を」
そう言い老夫婦は指定席の方へ向かった。咲也は、そっと煙草を消し、巌を見上げる。
「素敵だね。あんな風になれたらいいね」
巌は目を細めて言った。
「そうだね」
咲也も目を細め、夫婦を目で追った。
「あのさ、咲也くん」
「どうしたの?」
「今日、渡したいものがあるんだ」
「何?」
「素敵なもの。喜んでもらえると嬉しいな」
「真面目な顔して、どうしたの?」
不思議そうな顔をする咲也の左手をすっと取って、薬指を親指で撫で、巌は眉を下げ微笑んだ。
新幹線到着のアナウンスが流れた。新幹線が到着しドアが開く。巌は咲也の手を取り、二人がけの指定席へ向かった。
春が来る。咲也の頬を撫でる風は、ふわりと、やわらかかった。
君がいたから──生きてこれた
あなたがいたから──生きようと思った
──────────【FIN】
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