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〖第22話〗宵闇濃くなる二人の夜

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 外出はといっても相変わらず出不精だが、散歩やスーパーマーケット、足を伸ばして図書館くらいはあまり嫌がらずに行けるようにはなった。

    部屋着や着る下着も考えて買う。指先や口唇のケアも昔のようにする。

    食欲をそそられるのは、見栄えも大事だと咲也は考える。自分と言う料理を最上の状態で、綺麗なお皿で巌に味合わせたいと、咲也は思う。

     お互いの空白の時間をうめていくように、咲也と巌は抱き合った。巌は丁寧に咲也を抱く。大きな節くれた指はいつもより熱い。あの指が咲也の身体を臆病に這う。名前を呼ぶ温度も、吐息さえも。全てがいとしい。素直に幸せだと思えた。

──────────
    
 しみじみ繰り返される毎晩の情事を昼間、子供向けの絵本の草案を書きながら、咲也は反芻したりする。

    初めて抱き合うとき咲也のベッドに並んで座り、

『男性とのセッ…クスは、初めてだから……ごめん、うまくできなかったら………一応、勉強はしてきた』

    と、困ったように咲也を抱きしめてキスをしてからの始まり。巌のキスはとても心地いい。咲也は少しだけ意地悪をしたくなった。可愛い、いたいけなものは、ちょっと、かまいたくなる。うなじに顔を埋める巌の背に手を回し、

『何で勉強したの?』

    と訊いた。

『イ、インターネット……』

    と消え入るような声で巌は言った。咲也は巌の首に腕を回す。吸い寄せられるように巌は口唇を重ねる。やさしく絡ませられ、うっとりするくらい巌はキスが上手だ。何度もせがむ。巌はやさしく応えてくれる。自分とは違う煙草のフレーバーの香り。初めてを疑うほど、巌は男性の、というより咲也の扱いを解っていた。

  それから毎日のように薄地の青いカーテンが遠い街灯を透かす青の部屋で、指を絡め、熱のこもる吐息を重ねた。巌は甘い言葉や、労りの言葉を欠かさない。時には少しだけ意地悪な言葉も。口唇や舌は咲也の身体を悪戯に這い、武骨な指は繊細に動き、咲也は情事特有のため息を漏らす。

    咲也自身を含み、愛しそうに舌で転がしているときも、身体を咲也に埋め込ませ、揺さぶるときも、ただ与えられる快楽に酔わされている咲也に必ずやさしい声で巌は言う。熱い視線で見つめながら。

「咲也くん、君が好きだよ」

「俺も、巌さんが好きだよ。ずっと、好きだったよ」

「俺も、君が好きだった」


 絡めた指と自堕落な腰。裏腹な吐息混じりの甘い言葉。溢れた視線は咲也の肌に拡がり溶けていく。巌は、少しつらそうに微笑んで、咲也の頬を撫で『君だけだ、ずっと』と言う。

 それから再び与えられる緩やかな愛撫に咲也は目を細め、蕩けてしまいそうな悦楽の渦の中、咲也は巌の首に腕を絡ませながら『俺も……巌さんだけ』と、同じ言葉を、心と身体の両方から涙ぐむのを抑えて言うことしかできない。

 それからは、ただ『あいしてる』の言葉が散らばる。

    咲也は何度も達しながらも、巌を求めた。広い背に手を回し、喘ぎながら爪を立て、言葉もろくに繋げることができないくらい、乱れて溺れた。

    巌の与える刺激に、抱き合うほど咲也は敏感に身体が反応するようになった。身体を繋げる。体内が満ちる。緩やかな抽挿を繰り返すだけで声をあげ、足先まで、与えられる快感に開いた足を痙攣させる咲也を、心配そうに見つめる巌に、咲也は甘ったるい声で『もっと』と、せがんだ。

 揺さぶりは加速度を増す。咲也は身体が巌と一緒に溶けてしまうような錯覚に陥る。巌が咲也の言葉に煽られたときの、最後の激しい打ちつけるような抽挿。それが天国に昇るくらい気持ちがいいと、後で巌は、咲也に聞いた。

    咲也は巌に比べてずっと華奢な四肢で、無理に抱いたら壊れてしまうのではないかと巌は思う。

 けれど巌も加減をしようにも、とめられない場合がある。咲也の誘うように露骨な巌を欲しがる言葉、湿った色のある吐息、艶っぽい巌を見つめる潤んだ瞳、巌自身の身体がどうしようもないほど咲也を欲しがる快楽を吐き出したい熱量。

 それらが重なると、巌は自分を自制できない。巌自身の質量も増し、咲也の身体が自分を締めつけ、底無しの快感が巌を襲う。最後、咲也は巌の名前を半泣きになりながら細く叫び、限界に達する。巌も絶頂を味わい吐精する。

 いつも巌は自分をコントロールしているが、稀に欲に負ける。咲也は巌に与える快楽を全て享受し、朦朧となってしまう。そんな咲也を見て巌は、

「加減できなかったね。ごめんね。大丈夫?」

    と、巌は、脱力した咲也の、幾度も吐精した身体を丁寧にティッシュで拭う。巌は必ずスキンをつけている。『相手への思いやり』だとネットで見たらしい。
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