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理想の主人〖第11話〗
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ティーカップをベッドサイドのテーブルに置き、少年は足早に去ろうとした。
「これは?生姜か?」
『ジンジャーティーです。マスターがお風邪を召しているのではないかと思いまして。お嫌いでしたら、お下げします……』
「さっきは、すまなかった。酷いことを言った。失礼なことも。許して欲しい」
少年は慌てて、深山の両肩に触れ、下げられた上体を起こそうとした。そして触れた深山の両肩は火のように熱く少年は驚いた。
『マ、マスター、僕に頭を下げるなどあってはいけないことです。それに、熱があるようです。お休みにならないと』
心配そうに、少年は深山を見つめる。深山は、風邪特有の熱で潤んだ瞳で、少年と視線を合わせた。
「解った。きちんと休む。今日はすまなかった。もう、何があっても二度とあんなことは言わないし、しない。約束する。君を大切にする、こんな私が言えた義理ではないが、信じて欲しい。どうしたら、君は私を信じてくれる?解らないんだ。君は何を望む?」
『マスター……その言葉だけで、僕は十分です。マスターの所へ来て、良かった』
少年は軽く目尻に涙を滲ませて微笑んだ。そして、冷めないうちにと、ジンジャーティーを勧める。深山は、ゆっくりとジンジャーティーを飲み、
「美味いな……ありがとう」
と言い、少年を見つめ微笑んだ。少年にとってこんなに弱々しい、深山の微笑みを見るのは初めてだった。深山は、横になり、暗い天井をぼんやり見つめた。
「……君はもう『ふかやまさん』とは呼んではくれないのか」
『え?』
「いや、何でもない。君は……特別だ。特別な、ティーカップだ。大切に思っている。ずっと私の元にいてくれ」
少年が深山に向ける優しさが、例え義務の優しさだとしても、深山が欲しいと思うものと違っても、それでも、深山はいいと思えた。埃にまみれた暗い天井に再び目を移す。深山は、少年の『理想のマスター』になろうと思った。この少年が幸せなら、それでいい。
それでいいはずなのに、どうしてこんなにもつらいんだろう。悲しいんだろう。無理矢理にも少年を抱きしめたい。深山はふふっと笑った。
この想いの名前は?解らない。ただ、あまりにも切ない。どうしようもなくなると人は笑うらしい。ああ、これは『恋』だ。恋を恋と気づけなかった、気づくことを躊躇っていた自分の弱さ、そして打ち明ける勇気すらなかった。自業自得だ。確かに笑っていたはずなのに目尻から、涙が伝った。
『マスター、泣いて、らっしゃるのですか?』
「ああ……何故だろうね。解らない。気にしなくていい」
深山は、必死で笑顔を作ろうとした。口の端を持ち上げ、目尻を下げる、たったそれだけのことが、あまりにもつらい。
「私はいいから。君は休みなさい」
『こんなに元気のないマスターを、独りになんてしておけません。お休みになるまでお傍にいさせて下さい。今、冷えたタオルをお持ちします』
パタパタと、少年のせわしく軽い足音が遠ざかる。深山は、ぼんやりと、その足音を聴いていた。
少年のつきっきりの看病で深山の熱は下がった。いつも通りの毎日を送る。違うことと言えば、少年が何かを間違ったり、粗相をしても深山は、もう癇癪を起こすように怒鳴ったりしなくなった。
『申し訳ありません』
と言う少年の言葉に、
「気にしなくていい」
と、寂しそうに笑うだけになった。深山の頭にあるのは、あのカップの……少年の『理想の主人』になることだけだった。けれど、積み重なる日々は、深山にとって、毎日が息苦しく、つらいものに押し潰されそうになることと同じだった。
「これは?生姜か?」
『ジンジャーティーです。マスターがお風邪を召しているのではないかと思いまして。お嫌いでしたら、お下げします……』
「さっきは、すまなかった。酷いことを言った。失礼なことも。許して欲しい」
少年は慌てて、深山の両肩に触れ、下げられた上体を起こそうとした。そして触れた深山の両肩は火のように熱く少年は驚いた。
『マ、マスター、僕に頭を下げるなどあってはいけないことです。それに、熱があるようです。お休みにならないと』
心配そうに、少年は深山を見つめる。深山は、風邪特有の熱で潤んだ瞳で、少年と視線を合わせた。
「解った。きちんと休む。今日はすまなかった。もう、何があっても二度とあんなことは言わないし、しない。約束する。君を大切にする、こんな私が言えた義理ではないが、信じて欲しい。どうしたら、君は私を信じてくれる?解らないんだ。君は何を望む?」
『マスター……その言葉だけで、僕は十分です。マスターの所へ来て、良かった』
少年は軽く目尻に涙を滲ませて微笑んだ。そして、冷めないうちにと、ジンジャーティーを勧める。深山は、ゆっくりとジンジャーティーを飲み、
「美味いな……ありがとう」
と言い、少年を見つめ微笑んだ。少年にとってこんなに弱々しい、深山の微笑みを見るのは初めてだった。深山は、横になり、暗い天井をぼんやり見つめた。
「……君はもう『ふかやまさん』とは呼んではくれないのか」
『え?』
「いや、何でもない。君は……特別だ。特別な、ティーカップだ。大切に思っている。ずっと私の元にいてくれ」
少年が深山に向ける優しさが、例え義務の優しさだとしても、深山が欲しいと思うものと違っても、それでも、深山はいいと思えた。埃にまみれた暗い天井に再び目を移す。深山は、少年の『理想のマスター』になろうと思った。この少年が幸せなら、それでいい。
それでいいはずなのに、どうしてこんなにもつらいんだろう。悲しいんだろう。無理矢理にも少年を抱きしめたい。深山はふふっと笑った。
この想いの名前は?解らない。ただ、あまりにも切ない。どうしようもなくなると人は笑うらしい。ああ、これは『恋』だ。恋を恋と気づけなかった、気づくことを躊躇っていた自分の弱さ、そして打ち明ける勇気すらなかった。自業自得だ。確かに笑っていたはずなのに目尻から、涙が伝った。
『マスター、泣いて、らっしゃるのですか?』
「ああ……何故だろうね。解らない。気にしなくていい」
深山は、必死で笑顔を作ろうとした。口の端を持ち上げ、目尻を下げる、たったそれだけのことが、あまりにもつらい。
「私はいいから。君は休みなさい」
『こんなに元気のないマスターを、独りになんてしておけません。お休みになるまでお傍にいさせて下さい。今、冷えたタオルをお持ちします』
パタパタと、少年のせわしく軽い足音が遠ざかる。深山は、ぼんやりと、その足音を聴いていた。
少年のつきっきりの看病で深山の熱は下がった。いつも通りの毎日を送る。違うことと言えば、少年が何かを間違ったり、粗相をしても深山は、もう癇癪を起こすように怒鳴ったりしなくなった。
『申し訳ありません』
と言う少年の言葉に、
「気にしなくていい」
と、寂しそうに笑うだけになった。深山の頭にあるのは、あのカップの……少年の『理想の主人』になることだけだった。けれど、積み重なる日々は、深山にとって、毎日が息苦しく、つらいものに押し潰されそうになることと同じだった。
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