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〖第32話〗朱鷺side②
しおりを挟む──僕の知る先輩は、夜に熱を出している間、ずっと手を握ってくれて、
「何かして欲しいことはある?」
「やっぱり救急外来に行こうか?」
「おでこのタオル、変えようか?」
と矢継ぎ早に質問し、僕がだるい頭で首を振ると
「食べたいものは、ない?」
と僕の、熱で汗ばんだ髪を撫でながら訊いた。
僕がつい「プリン」とぼんやりした頭で呟くと、「少しだけ、待って」と言い、握っていた手を離し、しばらくしてマグカップを持って現れた。先輩が持っていたのは温かい少し柔らかいプリン。
「味見したから味は大丈夫。食べられそう?」
と言い、身体を起こしてくれて食べさせてくれた。
朝、軽い頭痛で目を覚ますと、先輩は片手で僕の部屋着をつかんだままベッドに突っ伏して寝ていた。
熱が下がってから三日間「風邪は治り際が危ない」と言い、僕は寝室からほとんど出られず、ずっと先輩の看護を受けた。
「暇かな?音楽でもかけようか」
と言い、先輩は小さめの音量でピアノのアルバムをかけた。耳に優しい静かな音。
「綺麗な曲ですね。現代の作曲家の方ですか?」
「俺の先生。ピアニストで作曲もしてる。目が見えないんだ。でも、自分でこんなに綺麗な曲を作って演奏する。
鳥の名前の曲のシリーズが有名だよ。先生の鳥好きは有名だった。目が見えなくなってからは、声が綺麗な鳥を傍に置くようになったね」
「朱鷺はないんですか?」
「そう言えばないね。『鳥籠』っていう曲はあるんだけど」
面白い人ですね、と言い僕は笑った──。
─────────
「愛されてんなぁ。あいつにはお前だけなんだろうな。お前か、お前じゃないか」
「愛って良く解りませんが、僕も先輩だけです。でも少し、怖い時もありますよ」
鷹さんには何となく解るのか、少しの沈黙が流れた。破ったのは鷹さんだった。
「よし、出かけよう」
「どこに行くんですか?」
「うーん。買い物でも行くか」
まるで定食を食べに行くみたいに鷹さんは言った。
「あ、買いたいものがあります」
「決まりだな」
賑やかな街へ鷹さんと歩く。一足も二足も早く、クリスマスに彩られた街は、とても華やかで居心地が悪い。
先輩には似合いそうな季節。場所。あの人は華やかな場所が似合う。歩きながら鷹さんは言う。
「瀬川、お前がいなくて今頃しょんぼりしてんだろうなぁ」
「そうですか……。帰った方がいいでしょうか」
鷹さんが顔の前で手をパタパタさせる。
「それはあいつが自分でどうこうすること。朱鷺の仕事じゃない。本当に会いたくなったら会いに来るよ。あ、これから自分の家に住むの?」
「はい。でも年末は一緒にいようって。だからあっちです。年越しは二人で居たいから」
「そっか」
お前が幸せそうなのが、俺は一番嬉しいよ。そう言い鷹さんは僕のモジャモジャの頭をくしゃくしゃっと撫でた。
ガラスに映る僕は楽しそうに笑っている。でも、街にあまりにそぐわなくて、少し残念な気持ちになる。
ガラスの中を見ると小さな天然石の店だった。
「鷹さん、ここ寄っていいですか?」
「いいよ。行こう」
カランコロンと鳴る、ガラスのドアにつけられた鐘の音。店員さんというよりはご主人という風体の人が出迎える。
「いらっしゃい。ゆっくり見ていってください」
朗らかなご主人は、僕と鷹さんを丁度良く放っておいてくれた。
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