箱庭のマーガレット〖完結〗

〖第７話〗

──《五年後》──
                
「シロウさん、無理を承知で言わせて下さい。森にきてくれませんか？マーガレット女王はニンゲンを敵だと思っています。恐ろしいものだと。騙され、殺されそうになった蜜蜂が大勢いると若い娘達に教えています」

「君はどうして僕を恐ろしいニンゲンだと思わないんだい？」

    微かに話し声が聞こえます。私は定期的に、シロウを見るためにあのマンションへ通っていました。ひっそり、姿を隠し、ただ眺めるだけ。

　シロウは、あの漏れ聞いた生命の期限の二十歳になりました。生命の放つ輝きはやはり弱々しいものが見られました。無造作な髪の毛が儚げな美しさを感じさせます。

　話しているのは親衛隊長のローズでした。こんな風に話をする間柄なのでしょうか。よく解らないけれど、心の奥が引っ掛かれたように痛痒くなりました。気になってしまい、話をもっと良く聞くため身を隠して歩みを進めます。

『女王陛下が、貴方の寝顔を見に行っています。窓を開けてある日は頬を撫でて。けれど、話しかけることはなく淋しそうに。蜜蜂の女王であることに誇りをお持ちになる陛下が、心の底からニンゲンを低俗で恐ろしいものだと思うなら、貴方に会いには来ません。私は二人があまりにつらいのです。行き違えてこんな風になってしまうなんて』

　次に続くローズの語る話は、私の思いもよらないものでした。

『──私は見たんです。五年前、シロウさんは薬剤散布が行われていたとき、止めようとする途中既に発作を起こしていました。呼吸も満足に出来ない中、命を懸けて、散布を止めようとしていましたね。ただ見ていただけではなかった。カーテンにしがみつき、歩くのもおぼつかないのに、屋上の庭で散布されている薬剤を吸い込めば命取りになりかねないことを解りながら、私が『足手まといだから邪魔をしないで下さい！』と言ったのに、散布を止めようとされ、咳き込み、喉が切れて、血を吐いて……。母君に止められながら、己の非力を恥じた。ですが、女王陛下は貴方の話をしようとするだけで拒否反応を起こすように眉間に皺を寄せ、死んだ仲間を忘れたのかと私を恫喝なさいます。私はこの時期になると、つらくなるのです。誤解を解きたい。けれど、私達が女王と仰ぐ方は少々意地っぱりなのです──』