行き倒れ女とスモーカーのレシピ〖完結〗

〖第50話〗

「………それとね、一番大切なこと。赤ちゃん、赤ちゃんが出来たの。権さんの知り合いの人は、産婦人科医のトキさん。あと、マタニティヨガを教えてくれるトモさん。トキさんの娘さんで、少し前までヨーロッパにいたって。リラックスするお茶とか、アロマとか色々教えてもらって………もらって………。やめて。お願いよ。流れたりしたら可哀想だよ。彰さんは平気なの？私と彰さんの赤ちゃんだよ？………でも、別れても今の私にはお金がある。こうなった以上私一人で育てるよ」

「あか、ちゃん？」

　ちえ子の言葉に頭が真っ白になった。あの柔らかで、無力な、愛されることだけを栄養とする、自分とちえ子の遺伝子で出来た、ミルクの匂いがする生き物が、ちえ子の身体の中にいる。避妊には気をつけていたがスキンも完全ではないと聞いたことがある。

「俺と、ちえ子さんの………」

「うん。お腹、さわる？後からエコーの写真みる？」

　ちえ子の声は潤んでいた。彰はそっとちえ子のお腹に触れた。手が震える。

「俺、父親になるの？」

「そうだよ。お父さんだよ。一緒に家族になってくれる？お父さんになってくれる？」

「ありがとう。俺を父親にさせてくれて。さっきは………ごめん。怖い思いさせた。手冷たいな。許される、問題じゃないね。怖かったよな。ごめん。ごめんな。………俺ずっとちえ子さんを疑ってた。タカラと浮気………してるって。ちえ子さんが出かけてから、後もつけたし、喫茶店でタカラと何話してるか盗み聞きしようともした。惨めだった………捨てられるのが、忘れられるのが怖かった。ちえ子さんの中から、俺がいなくなるのが怖くて………怖いんだよ。俺、最低だ。誰かを好きになると、こんなにも醜くて、弱くなる………許して、欲しい。ごめん………」

「私は彰さんに『明日を待ってみよう』という気持ちを貰った」

「………ちえ子さんと、赤ちゃんは俺が守る。それにしても、何で俺に頼まなかったの？俺一応弁護士の資格持ってるよ？ちえ子さんに言わなかったっけ？」
　
　ちえ子は頷いた。うなだれ気味に俺の背に手をまわし、ちえ子は彰の胸に顔を埋めた。