行き倒れ女とスモーカーのレシピ〖完結〗

〖第48話〗

　夕食を食べながら、以前のように『美味しい？』とおずおずと愛らしく訊く彼女と素直に笑いあえない。そして、そんな自分を隠しながらぎこちなく笑うこんな自分が一番嫌だ。情けなくて、惨めだ。

    お風呂のあと水出し紅茶を飲んで火照った身体を冷ました後、塾長さんから貰ってきた残りの、冷やしておいたラング・ド・シャをちえ子に勧めた。あの時、少し恥ずかしかったが、

『恋人が好きで。残った分、持って帰っていいですか？』

　と元村先生に訊いた。元村先生は

『どうぞ』

　やわらかく微笑んで、鞄にクッキーを丁寧にしまう彰に、自分の分まで分けてくれた。

「やっぱり美味しい。クッキーがしっとりしてて。ありがとう彰さん。彰さんはいいの？」

「喜んで貰えて良かった。俺はいいよ。食べたから。あのさ、変なこと訊くけど、最近、何か………あった？」

　急にぎこちない態度になるちえ子に不安になる。

「………黙っててごめん、彰さん。あの……でも、ずっと言いたかったけど、タイミングが掴めなくて………」

　絶対にちえ子は、彰の傷つく答えを言わない。自分がボロボロになってもこの類いの秘密は守り抜く。唾を飲み込み一呼吸して彰は訊いた。

「うん。何となくは解ってるから、言って」

「………あのね、いいづらいんだけど、権さんの知り合いの方にお世話になってるの」
　
　今さら言葉を濁すちえ子にイライラする。

「はっきり言いなよ。どうして最近タカラと仲良いこと言わないの。偶々肩抱かれてあいつの家の方行くの見たよ。まあ、家からタカラん家、近いしな。通えて色々便利だった？」

　ちらりと覗く彰からの軽蔑の眼差しにちえ子は声を荒げた。

「何それ！仲良いって、家が近いって！違うよ！確かに会ってるけど、そんなんじゃない！彰さんが考えてるようなことは何もないよ！朝越さんは関係ない！恩人なの！彰さん、お願い。誤解させたことは謝るから朝越さんを悪く言わないで！」

「タカラのことかばうのかよ。俺じゃなくて。ちえ子さんには俺は要らなくなったのか。ほら、捨てる。皆捨てる。ちえ子さんも同じだな。ちえ子さんの心の中に俺の居場所はなくなった。今はもうタカラがいる。そうなんだろ！」

「違うよ、違う！何で解ってくれないの？私の恋人は、愛してる人は彰さんだよ？ダメだね、今、少し距離おこう？少し出てくる！そんな目で見ないでよ！………出てくよ。出てけばいいんでしょ！」