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〖第39話〗
しおりを挟むあの人、消えてくれないんです。消えて欲しいのに。死んでるのに、生きてる。そう言い、ちえ子はベージュのロングスカートを握りしめた。
「まるで、ゾンビですよ。透明ゾンビ」
困った時のちえ子の癖。左に顔を傾け笑う。
「すみません。疲れているのに、こんな話をして」
彰が夕飯の後片付けをした。家事に関して、やれる方がやる。夜はそうなっている。シャワーを交代で浴び、着替えた。ちえ子は、新しく買った部屋着を着ない。彰が貸した、もうあげたことのようになっているフリースを上手く晴れの日を選んで洗い、夕方には着ている。
『新しい部屋着は?』
そう訊いても、ちえ子は、
『こっちの方が安心するんです』
と言う。こうなるならもっと良いものを貸せば良かったと彰は後悔した。
──────────
草大福の続きを食べる。甘すぎない餡が美味しい。
「お茶、美味しいです。あの、比良野さんのリハビリはどうですか?私は役に立てていますか?私は、まだ色々ありますが以前より段々余裕が出てきました」
わざわざ強がって笑うことはないのに。スカートを握っていた小さな手。洗剤で荒れて乾燥した指先に切なくなる。
「ちえ子さんに会いたくて、早く家に帰りたいと思うようになりました。あなたのいる家は、音も、温度もある。それにあなたの『おかえりなさい』と微笑む顔を見ることが嬉しい。昔は待たれることが怖かった。誰かの人生に責任を持つようで。待ってくれる人がいるのはありがたいはずなのに、怖かった」
「比良野さん………」
「………小さい頃から、父から母への仕打ちを見ていて、見ていたくせに何もしなかった。俺は………段々荒んでいく家を、台所を、暖かさが消えていく家をただ見ていました。それで、思ったんです。あの家の灯りの最後の電源を切ったのは俺だって」
彰の表情は強ばる。ひたすら憎しみを心のなかで育てながら待ち続ける。般若の面の下の誰も知らない、誰にも見せない本当の哀しみと切なさを凝固させた母の顔。
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