行き倒れ女とスモーカーのレシピ〖完結〗

〖第37話〗

　いつしかこの自己満足な親切面が支配に顔を変えるのか。父と同じ言葉を言うようになるのか。

『俺が働いて稼いだ金を無駄に遣うな』

    窓に映る自分に似た顔。あのひとみたいにだけはなりたくない。母が憎んだこの顔。そして、やはり始終身を縮めるちえ子に彰は何も言えなかった。支配者の顔は似てるのか。なんて意味の解らないことまで考えた。

「解りました。明日行きますか。明日は授業ないんで午前あがりなんですよ。模擬試験用の書類作成だけですから。銀行へ行って、帰り、バスに乗ってショッピングモールでも行きましょう」

「そんな、近間で済みます。買うものなんてスーパーで済みます。我儘言ってすみません」

    小さく小さく、自分の意見を怖々言うちえ子に、『手を』と言い、彰はちえ子の手を優しく握る。緊張したのだろう。指先の温度が下がっている。

「ちえ子さん？」

    ちえ子は、泣きそうになりそうに、怒られる前の子供のように怯えていた。

「実は、あの………今日は。あの、お金、借りてないんです。通帳もあるんです、実は、あの………」

    彰は、言葉を濁すちえ子がもどかしくもあり、心配でもある。

「どう、したんです？」

「せ、生理が、来て………主人のことがあってか、来てなかったことを忘れてて、今頃になって急に来て……… 驚いて、生理用品を買いに………行ってきたんです。下着も。男の方は、こういう話は嫌がると思ったので、すみません。嘘ついて、すみません」
　
　身体を縮ませるちえ子を見ていてるのは切なかった。

「嫌がるなんて………」

「昔、あの人にトイレの棚にしまい忘れたナプキンを洗濯機の上に置いておいたら『穢い』って言われて。怒鳴られて、男性は嫌がるのかと思っていました………」

「そんな。少なくとも俺はその、せ、生理の女性は『労れ』と教わりました………男性の、きょ、局部から四日、五日血が出っぱなしでお腹が痛くて痛くて怠くて頭まで痛いと考えてみろと昔、彼女に………」

「そ、それは……大変ですね」

    ちえ子の顔が少しほどける。彰はほっとした。

「痛み止め、飲みましたか？温かくしてますか？後から食後のデザートに温かいお茶と大福一緒に食べましょう。さくらごはん冷めちゃいましたね。すみません。ご飯の邪魔して。頂きましょうか」