行き倒れ女とスモーカーのレシピ〖完結〗

〖第36話〗

「何か必要なもの、他にありましたか？買いに行きましょう」

「………あ、あとから話します。お夕飯、出来てますよ。手を洗ってきてください」

「今日のご飯、訊いてもいいですか？」

    彰は開けた洗面所の蛇口を弱めて訊いた。

「自己流のさくらごはんです。テレビで見て。美味しいですよ。お酒と醤油を入れて水の量をあわせて炊きあがったら、鰹節と白ごまを混ぜるんです」

    綺麗に洗濯されたフックにかけられたタオル。清潔な匂い。

「メニューはあと、大根と油揚げのきんぴら風。あったかい餡かけ豆腐。ほうれん草に比良野さんが教えてくれた味つけで」

    蛇口のぬるま湯の隙間からちえ子の声が聞こえる。

「すみません。何だか精進料理ですね」

「え？………ああ。動物性タンパク質………ありますよ。鰹節、かつお。さくらごはんの」

「じゃあ、生臭坊主くらい？」

    そう言ってちえ子はやっと笑った。ご飯の時間はいつも楽しい。餡かけ豆腐をスプーンで食べているとき、ちえ子は、彰を見ていった。炬燵に向かい合わせで座っている。以外に遠い。

「あの、今度銀行へ連れていって下さい。私の通帳、再発行して、買わなきゃいけないものとか、買いたいものとかあるんです………マイナンバーカードと印鑑はバッグのポケットにあるんで。自分のお金が、欲しくて………いつまでも、比良野さんに頼ってばかりじゃいけませんし………この辺り、道がいりくんで、解らなくて………」

    確かに共通意識しかなかった。スーパーマーケットでも、コンビニでも、ちえ子が欲しいものを彰に買っていいか訊いてから、カートに入れて、彰が把握して買い物する。

    見映えは良い。仲の良い夫婦に見える話だ。けれど歪んでいる。わざわざちえ子が彰にお伺いをたてる必要はない。

『これが必要』
『これが欲しい』

　それで良いはずだ。彼女は長年主婦をやってきた、家事の専門家だ。まして自分とちえ子は何にもない。赤の他人だ。ちえ子に余計な感情を抱いた今、一緒だと言う共通認識が欲しくて、無理に親切と言う名の自己満足に浸っている。