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〖第32話〗
しおりを挟む有給休暇を、彰はちえ子の為に取ったのではない。ちえ子の傍に居たかった彰自身の為だ。
「詐欺でも、ただの嘘でも、まあ、いいかなって。一応、当座のお金以外銀行の貸金庫だし。俺、ある程度貯まると金か有価証券に変えて預けるから」
「俺は保険に………って違うんですアキさん!あのクールなアキさんは何処に行っちゃったんすか!」
メビウスの、たまった灰を灰皿に落とすと、タカラは小さく笑いを堪え、深く煙を吸い込んだ。何となく彰はこれまでのことをタカラに話した。
『自分の恋愛の汚い欲に負けた』
とタカラに言うと煙を吐き笑って、
『欲は無ければおかしいんです。人間は動物です。誰しも惹かれる人はいますよ。けれど、動物と少し違うのが精神性です。どうして、と思う人も人生に一度はありますよ』
彰は、やっと今まで背負っていた重い荷物を下ろした感じがした。自分が人を愛せる人間で良かったと思った。
毎日の昼飯は有給明けからちえ子がお弁当を作ってくれる。二段のお弁当箱。今日はおかかを敷いた海苔弁が下の段。上におかず。竜田揚げと、ほうれん草のおひたしと南瓜のガーリック炒めとだし巻き玉子が入っていた。
何が入っているか解らないお弁当なんて中学生以来だ。
『作っていいですか』
と聞くので、
『お願いします』
と言った。奇妙な二人暮らしだ。恥じらいはあるが、そこで終わる。距離感がひどく近く、遠い二人の関係にタカラはただ苦笑する。ピース特有の甘い香りが揺らいで白く立ち込める。
今日は雪は降ってないが風が少し強い。風上で煙草を吸う。火が飛ぶと、服に穴が空くからだ。
「誰かを好きになるっていいな。今考えると映像の世界で夢中になったのはマレーネだったけど、実際、自分から好きになった人は、ちえ子さんが初めてなんだよな。でも、近くても遠いなあ。無意識のうちに固い不可侵条約を結んでる感じだよ」
目を細めて彰が言う。煙草の蒼い煙が、風に散る。辺りに甘い匂いが漂った。タカラは微笑みながら言った。
「アキさんそれ、所謂『初恋』ですか? アキさんも人の子だったんですね………。年いってからの初恋とか本気って拗らせて大変らしいっすよ」
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