行き倒れ女とスモーカーのレシピ〖完結〗

〖第27話〗

　ちえ子は続けた。

「私、変わりたいんですよ。好きなことも、やりたいこともなかった。空っぽでした。結婚は家と家との結婚。それだけだって思っていました。でも、今頃になってあの人が居ない。何処にもいないんだっていうことが、寂しくて、寂しくて、たまらないんですよ。今まで裏切られてきただけなのに。思い出なんて一握りもないのに」

　彰はちえ子にそっと声をかけた。

「ちえ子さん、何かなりたいものや、夢は今ありますか？」

    ちえ子は鼻を啜りながら、しばらく何かを考えているようだった。

「普通の人がする普通の事をしたい。飲み過ぎて二日酔いになったり、可愛らしいお菓子をＳＮＳに載せたり、色んな場所に行きたい。自分の作った料理の写真撮ったり。あと、こんな三十過ぎのおばさんが言うのも恥ずかしいけど、恋をしたい。さっきの言葉、取り消します。好きな人のために、料理を作りたいです。これからは後悔しないように生きたいんです。恥かいて、苦い思いして。無駄なことをして………駄目ですか？   比良野さん。悪い話ではないと思います。私の老後の資金までは払えませんが」  

「志賀さん。ただ、お金をなくすだけです。きっちりちゃんとした保険に入ったり、貯金したり、確かな資格を取るために学校に通っても良い。それまでのつなぎにご自宅に帰られても……」

「もう、あの家で、誰かを待つのは嫌なんです。しかも、待っても待っても来るはずのないひとを待つのはつらいんですよ。私も、あの煮素麺を作れるようになりたい。食べることは生きることですよね。私、あの時、お素麺を食べ終わって『私、生きてて良かった』って思ったんです。……あの人が死んだこの部屋で、私の中の四十九日を終わらせることができました」

    彰のインテリアの間接照明がちえ子に大きな影を作った。