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〖第19話〗
しおりを挟むよく見ると女性だったが仕方なく頬も張った。それでも起きない上に額を触ると熱がある感じがした。
面倒は嫌いだ。交番に突き出してしまえばいい。どうせ他人だ。
母でさえ捨てたのに。
今日もいつものように終わるはずだった。温かい鳥うどんを食べているはずだった。ビールを飲んで。ずっと見たかったマレーネの『天使』を観るはずだった。
だが今、彰のベッドを占領して熱を出しているのは、薄汚れた黒のコートを着た知らない女性だ。
絶世の美女の『天使』を見るはずが目の前に居るのはただの疫病神だなと彰は思う。コートの襟が苦しそうだったが、服を脱がせて強姦扱いされても嫌なので、所持品の小さい黒のバッグごとベッドに放り込んだ。
自分は何故こんなボランティア紛いをしているのか。本当に、面倒は嫌いだったはずなのに。
たまには『いい人』になりたかったのか、と思った。煙草を吹かしながら黒い物体の体温を計った。三十八度八分。
彰は自分のペースを崩されるのが一番嫌いだ。
なのに、夜、雪の中見ず知らずの女性の為に、ドラッグストアへ熱冷ましを買いに歩いている。
前触れもなく地吹雪がやんだ、眩しいくらいの雪明かりの中、長靴の隙間から大量に入った雪が靴の中で溶ける感覚は不快感しかなかったが、眩しいくらいの月の光が、タカラから借りた漢詩の本に載っていた李白の『静夜思』を思い出させた。
李白の月光は、霜だったが、彰の月光は雪だった。
空を見上げると、群青の空に煌々と光る、まるい月があまりに眩しくて、綺麗だった。
──翌朝はよく晴れた。
少し疲れが残る今朝は、穏やかな日曜日だ。休日に感謝だ。
雪は光に負けてアスファルトを汚す。あれだけ燦然と輝いていた月は、白々と消えていった。
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