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〖最終話〗
しおりを挟む「……それで、二人はどうなるの?」
少年は話の続きを翁にせがむ。
「何年……経ったか。『呉越の戦い』の全てを終わらせ、二十余年。越は呉を滅ぼして、西施と范蠡の二人は再会する。西施の内部工作もこの戦いに効を奏した。久々に会った西施も煌めきは変わること無く、美しかった。そして二人は船で越を去るんだ。新しく人生を始めるため范蠡は斉の国で『鴟夷子皮』と名前を変えて生きる。そして、商人として成功し、巨万の富を築いた。それから范蠡と陸香は陶の地に居を移し、今度は『陶朱公』と名前をかえた范蠡は又々大儲けをした。老年になった范蠡は早々に子孫に商売を譲り渡し引退した。悠々自適の老後を送り、二人は幸せだった。娘盛りを過ぎてもなお、老いてもなお、陸香……『西施』は美しかった。輝いているようだった。彼女と過ごせた時間は──戦が私たちを引き裂いたが──幸せだと、確かに言える」
「大夫種さんは?越王句践は?」
翁はつらそうな顔をした。
「越王句践は、呉を滅ぼすと人が変わったようになっていった。権力の魔に取り憑かれて別人のようになった。大夫種には、急いで手紙を書いた。
『飛ぶ鳥がいなくなると、良い弓はしまいこまれ、すばしこい兎がいなくなると、猟犬は殺され煮られてしまいます……』
というように。越を去るように、危険が迫っていると、言ったのだがな……。大夫種は、越という国を愛していた。不器用で、律儀で、私のように越を……故郷を捨てることが出来なかった。あとは自分で調べるといい。唯一の友だった……悲しい結末だ」
「……うん」
「今は昔と違って、狭いが選択の自由がある。沢山学んで生きることを楽しみなさい。科挙もあるぞ。心豊かに、優しく、強くなりなさい」
少年は俯き、しゃがみこみ「僕、馬鹿だもん」と言った。翁は少年の頭を撫でた。少年は翁のひやりとした手に内心驚いたが嫌な気はしなかった。水のようだと思った。
「自分の可能性を信じなさい。そして、一生をかけて愛する人を見つけなさい」
「お爺さんはこれから何処に行くの?え……?あれ?」
目の前にいたはずの翁は、煙のように子供の前から姿を消した。
少し遠くにたおやかな、この世のものとは思えない美しい女人と連れ添い歩きながら笑みをたたえる涼やかな男の人が見えた。
いつの間に晴れ渡った西湖のさざ波の煌めきの中に、その女人の白い指先から、きらりと反射した淡い翡翠の緑色の光が、吸い込まれていくように、消えた。結い上げた豊かな黒髪へ刺した簪からは琥珀の鼈甲色の石が揺れて輝いていた。
──────《完》
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